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◆◇◆
宮司から連絡を受けた春日の両親が本宮に駆けつけたのは、昼前のこと…。
恐縮しつつ通された囲炉裏の間で呑気に甘味を頬張る咲耶を見て、張り詰めた気持ちが解けて漸く安堵したのだろう。
二人とも、その場にへなへなと崩れ落ちた。
半ば腰が抜けたような状態に、守弥と時雨が慌てて駆け寄る。
「本当に無事で良かった…」
「バリバリと食べられてるのではないかと、本当に…っ」
そう言えば、生け贄になる為に咲良は此方へ来たのだった。
「なし崩し的とは言え、私達は咲良を…」
ここ半年ほどの間、何か大事なものを失ったはずなのに、思い出そうとするとスウッと忘れてしまう。
忘れた事に微かな違和感はあったが、何故か疑問にも思わなかった。
それが、昨晩いきなり失ったものが何であるかを思い出してしまった。
咲良が、鬼の元へ行ってしまったのだと…。
生まれてからずっと隠し宮へ封じてきた長男が生け贄になってしまった事をすっかり忘れて半年も経過していた事実に、両親もきょうだい達も大きく動揺した。
自分達を守る為に鬼の元へ行ってくれたのに、その咲良をすっかり忘れて安穏としていた。
もうこの世にいないのに、何の疑問もなく過ごして来てしまった…。
その事実に打ちのめされて。
そこに宮司がひょいと現れたのだ。
咲良が向かった鬼の棲みかが分かりましたと。
既にこの世にはいない咲良。
せめて形見の品を受けとるだけでもと申し出たが、既に遅い時間であることを理由に止められた。
「色々仰有りたいことはあるでしょうが、詳しいことは夜が明けてからにいたします。
では」と、宮司は帰ってしまったのだと言う。
大きな衝撃を受け止め切れぬまま一晩を過ごし、朝になったら咲耶が消えてしまっていた。
『鬼んトコ行ってくるわ』というメモを残して。
半年も経過しているのだ。
とうに身代わりもバレているに違いない。
きっと咲良は八つ裂きにされた筈だ。
どれだけ鬼が怒り狂っているかも分からないのに、其処へ咲耶は「行ってくる」と…。
どのような狼藉を働くかも分からないというのに。
咲良のこともある。
無事ではないかもしれない。
方々へ連絡しなければ、警察に相談しなければ!と上を下への大騒ぎになっているところへ、宮司がひょいと現れた。
「向かった先はここです」
書かれたメモを頼りに車を飛ばして山を二つ越えて来てみれば、そこは古くからある神社で。
おどろおどろした雰囲気もなければ、普通の人間が応対してくる。
どういうことだ?
鬼は何処なのだ?
咲耶は無事でいるのか?
生きた心地もしないまま、囲炉裏の間へ通された両親。
そこで愛娘は呑気に甘味を頬張っていたという訳だ。
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