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以前と違い、もう咲良は大手を振って外を歩ける身となった。 ならば、本宮で暮らす必要はない筈だ。 帰途につく自分達と一緒に帰る選択肢もあると思っていた。 「ねぇ、うちに帰ってこないの?」 その一言に、車内が一瞬凍った。 「え、あ、その……」 「…ん?」 「本宮の中を案内した時には詳しく話しませんでしたが、わたくしも社務所に詰めることがありまする」 「は…?」 「わたくしはこの見た目もありますゆえ参拝にいらっしゃったお客様に対応することはありませぬが、御朱印をしたためたり祝詞を書いたりしております」 「………働いてんの?」 「無理にやらされている訳ではありませぬよ。 わたくしがやりたくてお手伝いさせていただいているのです」 「………」 まだ義務教育の年齢で搾取されてるのかと、咲耶は一瞬思ったようだ。 だが、ばあ様から過分な給金が支払われていることや、一日中ずっと詰めている訳では無いことを聞いて胸を撫で下ろす。 「いまの生活が落ち着けば、春から学校へ通うことも決まっておりまする」 「そうなの?」 「ええ。 定期的に外宮へ降りていたのも、外での暮らしを見越して世間に慣れるためのものだと教えていただきました。 年齢に合わせた学年とはいかなくとも、同じような年回りの皆様と机を並べて学べるのです」 「………苛められたら、あたしに言いなさい。 ぶっ飛ばしてやるから」 「ありがとう、咲耶。 とても頼もしいです。 でも…、ぶっ飛ばすのはやめて差し上げてくださいね」 「…う………」 ハンドルを握る守弥と助手席の時雨は後部座席の会話を黙って聞いていた。 今まで離れていた分、家族たちは咲良と共に暮らしたいと言い出すことも予想は出来た。 実際、ばあ様と春日の両親がその件を話しているのを守弥は見ている。 はっきり帰らないと名言はしなかったが、咲良は本宮での仕事や学校生活のことを伝えた。 「まるっきり帰らないということではないのです。 都合が合えばお泊まりをしたりもあるでしょうし。 ただ、わたくしは物心ついた頃からご祭神さまがいらっしゃる場所での生活が普通のことでしたので、春日の家に長くとどまれるかどうかは、また別の話しになるかと…」 「………………………………………………………分かった…」 完全に納得した訳ではないが、ずっと離れていた間の咲良の生活環境を思えば強制するのは憚られる。 咲耶はそれ以上追及しなかった。 『うまく結婚のことをスルーしたね…』 『……そうだな…』 誕生日の後に守弥と結婚することを避けて、咲良は今の生活ベースを崩すのが難しいと伝えたことに、守弥も少しホッとしたのだった。

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