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◆◇◆◇◆
紅白の梅や桃、桜の蕾が一斉に綻んだ。
山の中に建つ本宮に、漸く遅い春が訪れた。
「なんて美しいのでしょう…」
ほうと息をつき、咲良は御神木を見上げる。
隠し宮の御神木とそっくりの枝振りも見事な枝垂れ桜は、まるで滝が流れ落ちるかのような美しさであった。
界を渡った後に見た時には全て散ってしまっていたから、こうして咲いた姿を見るのは初めての事…。
「本当にそっくりなのですね…」
隠し宮の御神木も、此方と同じく今朝がた蕾が綻んだと聞いた。
日々咲良に心を砕いてくれるだけでも充分なのに、今日の日を更にことほいでくれるとは…。
「ご祭神さま、ありがとうござりまする」
深く深くお辞儀をすると、とりわけ美しい枝からヒラリと花びらが一枚舞う。
「では、行ってまいりまする…」
支度部屋へと向かう咲良が奥へと歩いていく。
その肩に花びらが舞い降りる。
それを見届けるかのように、もう一度風が吹いた。
しりぃ………ん。
しゃぁああ…ぁぁぁん。
微かに鈴の音が響く。
『なぁに、毎日の美味なる菓子の数々への礼だ。
長く苦労した分、大事にしてもらえよ…』
ご祭神の鬼が静かに微笑む。
長い長い旅の末、咲良は守弥だけのものになる…。
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