397 / 668
・
咲良が胸の痛みを覚えてから二十日あまり…。
準備に追われて本宮と外宮を往復しているうちに、秋の大祭が目前に迫っていた。
守弥と二人で行う舞いの練習に、咲良は勤しむ。
五穀豊穣を祝う里で鬼と姫が出逢い、恋に落ち、伴侶になっていくまでの物語だ。
ツキン。
「…………っ」
微かな軋み。
胸元に忍ばせた対の石に、服地の上から触れてみる。
じんわりと沁みるような温かさに、軋む痛みが溶けていく…。
いつかは目に見えるように身に付けてほしいと守弥は言っていた。
穴を開けて紐を通せばいいのだと。
でも、咲良には対の石を加工する気にはなれない。
大好きな守弥に危害を及ぼすような気がして…。
「さくら、そろそろひと休みしようか」
「はっ、はい…っ」
ばあ様の声に、意識が現実へ引き戻された。
縁側に座って一息つく。
「氏子総代が感心していたよ。
こんなに綺麗な舞いは見たことがないってねぇ」
「そ…な、わたくしはまだまだですのに…」
「そんなことないよ。
身のこなし、髪の一筋、指先に至るまで優雅だよ」
「……っ、………っ、男子なのにくねくねしていて気持ちが悪くなりませぬか…?
本当に…、本当に大丈夫でございまするか…?」
「大丈夫。
日に日に上達してるし、綺麗だよ。
気持ち悪くなんかならないねぇ」
「………っ」
ばあ様は咲良に偽りを言ったりしない。
殊に、神事や仕事に関しては…。
「皆が求める以上に頑張るから、ばばは少し心配だけどね…」
「いえ…そんなには…」
「自覚がないから、尚更怖いよ。
でも、その分……」
ふわ…っ。
「ふえ?」
膝の裏に腕が通され、ばあ様が視界から外れた。
「対の鬼が甘やかすからねぇ…。
守弥、昼寝は長めに取っておくれ」
「ああ」
守弥にお姫様抱っこされたまま、咲良は部屋まで運ばれた。
ともだちにシェアしよう!