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希望

布団を隅に片して息を一つつく。 片膝をついて、冷たい胸元に掌を当てる。 じわじわと染みるように力を注ぐ。 そこにある心も温まればよいと。 しばらく注いだあとに、今日も頑張ると心に決めて立ち上がる。 「行ってくる」 今日も咲良に声をかける。 言葉が返らないのは分かっているが、なにくれとなく声をかけてしまうのだ。 息を引き取った瞬間の表情のままの姿。 守弥に抱き締めてもらって微笑んでいて、そこに命の炎がないのが嘘のようで。 「昼には一旦戻るからな。 何処にも行かずに、おとなしくしていてくれよ?」 額にひとつ、口づけを落とす。 常に寄り添っていた時と同じように。 禁域の堂に身の回りの物を運び込み、咲良に寄り添う生活を始めて1ヶ月が経った。 奥宮へ通う道すがら、付喪神と行き合う。 「おはよう。 今日もよろしくな」 「おう。 ちゃんと番をしとくから、安心しろよ」 「ああ。 ありがとう」 本当は、常に咲良の側にありたい。 だが、それでは咲良がいつまでも安心出来ないだろうから、無理やりにでも仕事に出る。 そんな守弥の代わりに、付喪神や式神が咲良の傍にいてくれるようになった。 日々のこと。 何をしたか。 どんな参拝客が来たか。 いまの気持ちを言葉にする。 守弥がいない間、咲良が寂しくないように。 意味のないことかもしれない。 馬鹿だと言われるかもしれない。 でも、そうせずにはいられなくて。 「おはよう、さくら! 今日はおいらが傍にいるぜ!」 声をかけると、なんだか可愛らしく微笑んだように見えた。

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