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全部を一気には無理だ。 ひと文字ひと文字、一行一行丁寧を心がけて筆を走らせる。 最初は紙に折り目をつけて置けば良いと咲良から聞いていた。 文字のひとつひとつのバランスが取れるように。 それでも、なかなかうまくいかないものだ。 微妙に大きいものや小さいもの、変に偏りがある字が並ぶ。 何行か書いた所で確認すると、やはり揃いがよくない。 「………ふむ、ぶっつけよりは…。 待ってておくれ。ちょっと見てくるよ」 ばあ様がなにかを思い出したようで、引き出しや書類ケースをガサガサし始めた。 見つかるまでは真面目に練習をしておこう。 そう思って筆を取る。 「…………?」 なんだろう。 背中や右腕に、ふんわりと羽か何かが触れたような気がした。 『焦るのが良くないかもしれませぬね』 以前に聞いた言葉が耳の中で響く。 『無理に形に収めようと思わず、肩の力を抜きましょうね』 『大丈夫。守弥さまは書けまする』 「………」 銀の髪を揺らして笑んでいた。 その咲良の言葉。 毛筆を使うときにどうすれば良いか…教えてもらった言葉がひとつひとつ甦ってくる。 「あ、あったあった。 これならお手本になるかねぇ」 「………?」 ばあ様が出してきたのは、一通り祝詞が書かれた紙だ。 「ばあ様、これは…っ」 「やっぱり気づいたかい?そう。咲良が書いたお手本だよ」 「………っ」 御朱印帳とは違うが、そこには咲良が書いた文字が並んでいた。

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