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「手をこまねいていたというのは方便ですかね」 「方便?」 「ええ。 彼方の世界に落ち着いて、神職についてから何年目でしたかね。 永い間呪いを抱いて生きてきた香久良が、それはもう可愛らしい姿で目の前に現れたんですよ。 可愛らしくて素直で、時には強情でねぇ…。 一つ教えれば十のことを覚え、まるで砂漠の砂のように次々と吸収していきました。 咲良さんに私が覚えていることを教えるのが楽しくて仕方なくて、呪いのことをどうにかするのをついつい後回しにしてしまったんです」 「………」 「ただの現実逃避だと分かっていますよ。 何度か耐えかねて、深く寝入っている咲良さんから引っこ抜こうとしてしましたが、結局出来ませんでした」 自嘲ぎみの宮司は、ばあ様に視線を合わせる。 「おばば様も、何度か試みたりはしませんでしたか? あの子の中に息づくものを、どうにかしようと」 「………試したけど、深く根付いていてねぇ…」 「無理やり引っこ抜くには深すぎましたからね…」 刺し殺された時に取った咄嗟の行動。 魂の核と呪いを、自らに深く深く押し込めたのだろう。 今生の咲良の心臓に複雑に絡み付くほどに…。 「石化の試練が始まれば、うまく誘導出来ると思ったんだよ。 だけど、咲良は……ばばにこう札を貼り付けて…」 「固められちゃいましたか。 見たかったですねぇ、おばば様がキョンシーみたいにされたところを」 「……………」 クスクス笑う宮司。 「そう言えば、人を固める札はお前さんの得意技だったねぇ。 もしかして、さくらに…」 「教えたのは、一度だけですよ。 悪用してはいけないと、重々言い含めましたし。 そこは許して頂きたいですねぇ。 あの子が戻る算段を立ててもいるのですから」 「「……………!?」」 算段があるという言葉に、その場にいた全員の表情が変わった。

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