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一方、10歳になった香久良は。 拡張された薬草園の手入れに勤しんでいた。 同じ年頃の少女のように着飾ってはいないが、日毎に可愛らしくなる姿を案じた大人たちから行動を制限されることが増えてきている。 里の人間が社に来るときには、禁域の更に奥の堂にいなければならなくなっていた。 「………へんなの。 わたしの事なんか誰も知らないし、見られたってなんてことないのに」 ぷうっと頬を膨らませてみる。 行動に制限はあるものの、薬草園で伸び伸びしてきた香久良には退屈で仕方ない時間だ。 「そろそろご用事も終わってる筈だし、少しくらいはいいよね」 幸い、見張りの大人もいない。 身軽な香久良にとって、壁の取っ掛かりがあれば梁に登ることも簡単なもの。 ひょいひょいと梁までのぼり、煙出しの戸板をずらして屋根の上に出る。 屋根から隣の木へ飛び移り、太めの枝に腰かけた。 「いっそ、護矢比古が笛を鳴らしてくれたらなぁ…」 木から降りて森を抜ければ護矢比古の家がある。 遊びに行きたい。 だが、急に訪問して困らせるのも躊躇われる。 「………」 同じ年頃の子供を知らない香久良には、最近の護矢比古が不思議な存在になりつつあった。 ぐんぐん背が伸びて均整の取れた体格になり、脹ら脛や腕の筋肉も綺麗だ。 大人になっていくのを見るにつけ、自分の子供っぽさが際立つ。 「ずるいわ。護矢比古ばっかり」 どうすれば自分は追い付けるのだろう。 大人になっていく彼に釣り合うには、自分はどうすればよいのか。 第一、大人っぽくなるにも手本が身近にいない。 護矢比古に対して抱く気持ちがどんなものなのかも、香久良には良くわからないのだ。 「………つまんないの…」 仕方なく堂に戻ろうと腰を上げる。 「へ?」 生け垣の向こうに見慣れた顔が見えた。 「護矢比古!?」 「……香久…?」 向こうもこちらの名を呼んだ。 「何でこんな奥に来てるんだよ。 木登りなんかしてたら、母上に叱られるぞ。 ……あれ?」 駆け寄りながら首を傾げる。 香久良も、護矢比古とは違うと気づいた。 「お前、香久夜じゃ…ない…のか…?」 「……わたしは…」 それが、香久良と夜刀比古の出会い。 懐からこぼれた星は、そのまま転がって同時の掌に落ちてきた。

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