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護矢比古のおとないは狩りの腕が上がったことで減ってはいるが、森や山で見つけた木の実や茸を社に届けた足で禁域にも立ち寄ってくれている。 最初は友か兄のように思っていたが、笛を鳴らしてくれる度に心が浮き立つようになった。 浮き立ち、胸が高鳴り、ときには軋む。 「これは、なんなのかしら…」 次第に香久良の中で特別な存在になりつつある護矢比古。 それは、どういう感情なのか。 身の回りの書物ではこの気持ちを解説してくれず、大人たちは徹底的にその手の話題を避けた。 紛れもなく、恋だというのに…。 今の気持ちがどういうものかわからないまま、香久良は成長していく。 「かあさま、これはなあに? どういう気持ちなの?」 久々に訪れた母に聞いても、困った顔をするだけで答えてくれない。 弟や妹の話題から、子供はどうやって生まれてくるのか聞いても、里の神様が仲の良い夫婦に授けてくれるものだとはぐらかされてしまう始末だ。 社の中の大人も気まぐれに訪れる夜刀比古も、他のことは答えてくれるのに、香久良の中に芽生えた気持ちのことは教えてはくれない。 「つまんない。 どうして教えてくれないの?」 肝心の護矢比古に聞くのもなんとなく憚られて、疑問は一向に晴れないのだ。

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