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社からの帰り道、夜刀比古は空を見上げた。
吹き付ける風が少し冷たく、胸がギシリと軋む。
いや、軋むのは寒さからだけではない。
多分、これから先への漠然とした不安と、多くを望まず夜刀比古を立てようとする護矢比古への思いだ。
長にはならないと本人ははっきり名言したが、周りは放っておかないだろう。
現に、体が弱く戦働きに不向きな夜刀比古を跡取りから外すべきだという声も多い。
有力な家の出の母には受け入れがたいもののようで、もっと鍛練に励め、はしための子供に負けるなと叱咤される日々…。
「俺を一人の人間として扱ってくれたり、真っ正面から話してくれるのは香久良だけだ…」
幼い頃から自分を腫れ物のように扱う者ばかりの里。
息が詰まる毎日。
そんななかで出会った香久良は、誰とも違った。
最初は子供子供していると思っていたけれど、彼女なりに周りに気遣いをしているのだと知ってからは、見る目が変わっていった。
戦働きが難しいなら、その備えをすればよいのではないかと助言をしてくれたこともある。
思慮もあり、先見の明もある。
可愛らしく成長するにつけ、あれこれと気がつきすぎる姉との違いが浮き彫りになってきた。
そんな香久良と過ごす短い時間は、夜刀比古にとって居心地がよく、かけがえのないものとなっている。
「いっそ…、他の里に移って香久良と家を持てたらなぁ…」
許されないことはわかっている。
でも、香久良となら仲良く所帯を築ける気がするのだ。
「後でもう一度話してみよう」
夜刀比古は、ゆっくり歩き出した。
「俺が垣間見た感じでは、夜刀比古はもっとドロドロした雰囲気だった気がするんだが…」
『この時点ではまだですね』
「そうなのか?」
『ええ。
漠然とした不安を抱えて心が揺らいでいた時期です。
この後に、護矢比古を道具のように扱うきっかけがあるので』
「………」
咲良を取り戻す為とはいえ、遠い過去の自分の有り様を見られる事は気の進まないことだ。
『本当は見られたくないのですが、この先のことを通らなければ痕跡を拾うことは難しくなります。
色々言いたいことも出てきますが、暫く堪えてください』
「ああ」
引っかかるものは多々あるが、守弥は小さく頷いた。
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