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何があったか分からないが、護矢比古は里の外へ一緒にいこうと言う。
元々里長の妻と折り合いが良くないのは聞いていたから、たぶん、それが原因になっているのだろうと香久良は察した。
生活の拠り所を無くして他の里へいこうと言うのだから、状況は良くないのだろう。
実際、里は意見が割れていた。
有力な家の後ろ楯がある夜刀比古を推す声と、脇腹ながら腕も立ち人望の厚い護矢比古を推す声に。
ずっと平和だった里に重い空気が満ち、今にも争いが起きてもおかしくないほどで…。
「護矢比古の母さまは?
里の中で気に入っている人がいるのではないの?」
「母さんははじめから里からの縁談を避けてる。
俺が一緒に居たいのは香久良だけだ」
「………っ」
「きっちり話を付けて、堂々と里から出られるようにする。
だから、一緒に行こう」
自分の髪を纏めていた紐を外し、護矢比古が差し出す。
「許嫁の間柄の男女が髪飾りの紐を交換するのが習わしだ。
受け取ってくれるか?」
「………っ!いいの…っ?わたし…、わたし……っ」
慌てて自分の紐を外し、香久良は同じように差し出す。
「約束だ。
俺が選ぶのは、香久良ただ一人」
「約束します。
わたしが選ぶのは、護矢比古ただ一人…」
誰も知らない、低木の下で交わす婚約の証。
内緒でいる内は、懐に隠していることにした。
ただ、二人は気づいていなかった。
密かな想いを伝えあう言葉を聞いていた者がいたことを。
『うそだ…』
そうっと薬草園から里へ抜ける道へ出る。
『香久良は…っ、香久良だけは違うと思っていたのに…っ!
何で…、何故、よりによって護矢比古を選ぶんだ…!』
胸が軋む。
息が苦しい。
体中の血がドクドクと逆流する。
『嘘だろう、香久良…っ!』
下腹から何かが競り上がる。
ドロドロとした何かが。
『俺の居場所はもう…』
心を満たしていくのは絶望だけ。
夜刀比古は、夕暮れの中に姿を消した。
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