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第4話

 俺は必死に、犬塚のイイところを擦り上げた。 「……ここが、イイんだろうが。犬塚」 「ひ、うんンンッ! あ、ヤバい、ナカ、ヤバいぃ」  犬塚の爪が背中に食い込んでいるけれど、犬塚のナカを擦り上げる時の快感が勝り、気にならなかった。  それよりも、甘い声で『ヤバい』と言っている犬塚の方が気になる。俺が聞きたいのは『ヤバい』じゃない。 「ヤバいって、なんだよ……なあっ、犬塚!」  犬塚の口から聞きたい言葉を促すと、犬塚の唇が震えた。 「あっ、きもち、きもちくて、ヤバい! もっと、黒崎ぃ!」  気持ちいい、もっと……。犬塚にこの顔をさせているのは俺だという支配欲が満たされていく。  繋がった部分からグチュグチュとローションが泡立つ音が響く。 「黒崎のっ先っぽ! ゴリゴリって、奥! あ、くろさ、もっと……おく、ヒぅっ!」  もっと、先に入るのだろうか。犬塚のナカで突き当たるため、根元の、ほんの少し余っていた俺のをグッと押し込んだ。途端、犬塚のナカがうねるように強く締め付けてきたのと、ビクビクと震える犬塚のからだに驚いた。 「……っ、おい。犬塚大丈夫か?」 「イっちゃ……くろさ、あっ、やっ!」  イった。と言ったのに犬塚のそれは勃ち上がったままだ。 「ナカ、ひっう、うぅ……」  犬塚が風呂に行っていた時にネットでチラッと見た、中イキ、というやつだろうか。  ずっと、犬塚のナカに入っていたいと思うほど、犬塚の強い締め付けは気持ちいい。それと同時に射精欲も沸き上がる。  そうだ。犬塚も出した方が気持ちいいだろう。俺は犬塚のそれを手で扱きながら腰を動かした。 「両方むり! も、きもち……ムリィ! あっ、あー!」 「いいじゃん、気持ちいいなら!」 「くろ、さきぃ……イ、も、だめ、イく!」  犬塚の先端から青白い精液が噴き上がり、犬塚の胸に着地した。  犬塚の射精の途端に今までよりも強い締め付けに、俺のものは膨れ上がり、あっけなく果てた。  犬塚のナカはさっきまでの締め付けが嘘のように柔らかく緩んで射精を終えた俺のものを包んでいる。そんな犬塚のナカからゴムと一緒に引き抜く。  俺も犬塚も汗をかいていた。ゴムの処理をして、窓を開けるとひんやりとした風が部屋に入る。秋口の夕方の風は昼間の暑さが嘘のように涼しい。 「きもちい……」  その風がなのか、セックスがなのか。分からないが犬塚が呟いた。  犬塚の吐き出された精液が空気に触れ水のようになっている。ティッシュを持って行き、犬塚のからだに飛び散った精液を拭いてやると「ありがと」と犬塚は笑った。  随分と長くセックスをしていた気がしたが、時計を見ると思っていたより短い時間だった。 「風呂、沸かすから入ろうぜ」 「んー……シャワーでいいよ」  ゆっくりと、犬塚がベッドから起き上がる。新しいタオルを出そうとすると、犬塚は床に落としたままだったタオルを拾い上げ「これ使うからいいよ」と言った。  部屋を出ようとドアに手をかけた時、犬塚は思い出したように振り返った。 「なあ黒崎。次ヤるときは、買っといてね」 「なにを」 「何って、ローション」  さも当然といった顔で犬塚は俺を見てくる。 「またヤるだろ? それとも、もう俺としない?」 「……する」  少し見栄を張った、遅い返事。それを見透かすように笑いながら犬塚は部屋を出た。  ベッドに横になると、シーツの上は俺と犬塚の汗やこぼれたローションで湿っていた。普段なら不快に思うだろうに、そんなことはどうでもいい。とにかく少しゆっくりと落ち着きたかった。  犬塚は今日みたいに、誰とでもセックスをするんだろうか。そして誰にでも、あの顔を見せるのだろうか。  セフレ……セックスフレンドという関係は、本当にただからだを繋げる関係だった。それは甘くて、気持ちよくて、どこか虚しかった。その感じはなにかに似ている気がする。でも、それが一体なんなのか思い出せない。  それでも、あの気持ちよさには依存性があった。少しでも犬塚の痴態を思い出せば俺の吐き出したはずのものに熱が集まり甘勃ちするのだから。 「別に、送ってくれなくてもいいのに」  シャワーを浴びてもまだ少しセックスの余韻を残している犬塚を放っておけず、俺は駅までは送ると譲らなかった。  駅に到着したが、まだ電車の待ち時間がある。ふたりで彼方駅前のコンビニへ寄り、100円コーヒーを買う。  風は確かに秋口のそれでひんやりとしているが、まだ夏の余韻が残っていて歩くと暑い。俺も犬塚も買ったのはアイスコーヒーだ。などと言いつつ、俺は猫舌だから冬でもアイスコーヒーを飲むことが多い。犬塚がどうなのかは知らないが。  俺はコーヒーマシンがドリップしたアイスコーヒーにガムシロップを垂らす。ゆらゆらと甘く重たい液体がコーヒーの底に沈む感じが昔から好きだった。  それをすでにコーヒーを作り終えていた犬塚が覗き込みながら言った。 「黒崎って、コーヒーにガムシロ入れるんだ。なんか意外」  ふたり並んでコンビニの前でコーヒーを飲む。  犬塚はなにも入れずそのまま飲んでいた。ストローを咥える犬塚の薄い唇がさっきまで俺のものをしゃぶったり、喘いでいたことを思い出してドキリとする。 「犬塚は、ブラックなんだな。苦くねえ?」 「まあ、苦いけど……その方がいいんだ」 「は?」 「嫌なこととか、そういうの全部、飲み下せそうでさ」  俺がタバコを吸う理由のように、誰にでもなにかをやり過ごす為の方法がある。俺はタバコ、犬塚はブラックコーヒー。俺は吐き出して、犬塚は飲み下す。性格の違いだろうか。 「犬塚の、嫌なことって?」  犬塚の嫌なことってなんだろう。そう思った時には尋ねていた。言葉に出して、しまったと思った。 「別に嫌なら言わなくていいし」  慌ててそう付け加えると、犬塚は口角だけ上げて笑った。 「まあ、いつか耐えられなくなったら言うよ」  あと4分で電車が来る。スマホで時間を確認した犬塚はコンビニの外に置かれたゴミ箱に空き容器のごみを捨てる。 「それじゃ、また明日」 「……明日も?」  誘っているのかと期待して聞き返した。 「普通に学校で顔合わせんじゃん。なんだよ、明日もヤりてえの?」  挑発的な表情で犬塚に問われる。もう犬塚から、あの蕩けた余韻は消えていた。 「いいよ。明日も、ヤろっか」  それじゃ、と犬塚はこちらの返事も聞かずに、改札の中へ消えていった。答えはイエス一択だと、知ってるからだろうか。  まだ、近所のドラッグストアは開いている時間だ。俺は家とは反対の方角へ走った。

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