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嫌がらせじゃないイヤがらせ

     *   *    *  話はこうだ。  美形である王司 雅也の存在はこの学校からしたら大き過ぎる存在。みんながみんな媚びたり、好意であるアピール、嫌われないようにすぐ従う者。  同性である男からでも、外へ行けば異性である女からでも、同じような態度にどこか納得いかなかったらしい王司。  ちょっとぶつかった弾みで謝ろうとすれば相手から心配され過ぎて、落とした物を拾えばお礼にとお茶に誘われるものの豪華過ぎるお礼だったり、頼んだつもりもない発言を真に受けて王司を満足させようとしたりと。  あれよこれよで、みんなと一緒にいるつもりがどこか一線置かれてて、引かれてる距離。 ――俺だってみんなとあんな風にはしゃいだりして遊びたい――  なんて気持ちも空回りで、普段からの遊びは図書館にて読書。勝手なイメージで本好き設定にされてるらしい。  ずっとそれが続いていた王司。中学の時からそうで、高校もそのままエスカレーター式で上がったせいでまだまだ続いていた。  そんな時、 「智志君がね、」  俺が?となにも言わず首を傾げる。  つーかこいつとなにか関わっていたら頭に残ってるはずなんだけどなぁ。 「智志君が、裏庭で、俺を、」  なんだか話が進まなくなった。変に途切れるせいでその先を聞きたくても聞けない。しかも、これも気のせいだったらいいが……王司の顔が赤い。  妙に赤くなってる、のが、俺としては気になるな。俺、そんななにかしたっけ? 「なんだよ、王司」 「……うん」  急かすように声をかける俺になにを勘違いしたのか女々しくなる王司。  あとさらに赤くなったような……。 「俺をさ、智志君が蹴ったんだ。すごい勢いで。たぶんあれは助走つけてまで俺の背中を蹴ったんだよ――」  待ち焦がれてやっと聞けた答えに、俺は間抜けすぎる顔からさらに間抜けな顔で『へ?』と間抜けな声を出してしまった。  いや、だって……俺が、王司を蹴ったとか! 「痛かったよ……すっごい痛くてね。両親からもあまり、というか蹴られた事はなかったから、智志君が初めて蹴りを入れてくれたからさ、俺めちゃくちゃ混乱しちゃって。痛いの他にも蹴られたところが熱くてね、ジンジンしてきて、あぁ俺はこの痛みを知らないなぁって。世界がスローのまま過ぎて行ったような気がして――「待て!」 「……すっごい、気持ち良かったんだぁ」  待てと言ったのに……! 「……チッ」  それともう一つ。  王司の話と表情が一致していないことに気が付く。  口では“痛かったよ、その時の嫌がらせを拗らせたものだよ”と言ってるように聞こえるのに、表情は“痛かった、けど楽しくなってきた”と表すような、ふにゃっとした笑顔。――そう、え が お なんだ。  ストップを入れたにもかかわらず後に、気持ち良かったと言ってしまった王司に誰もツッコめない……ツッコむ理由をこいつはボロクソに砕いてきたんだから。 「あ、でも、こうやって蹴ってくれたのにはもちろん理由があった」  だよな?  俺、理不尽な事で蹴ったりとかしねぇもん。この俺が出来るはずがない。それこそ慣れてるような相手ではないと、絶対に。 「生クリームチョココロネ」  ……あ。 「俺が買って最後だったんだって」  巡り巡る記憶。半年前ぐらいの記憶。  あれは……そうか、王司だったのか! 「あれね、」  なんだかまだ王司は喋ってるような気がするが、俺の頭は思い出した記憶でいっぱいになった。そうだそうだ、その相手は今判明したが思い出したぞ。あのくそムカついた順番抜かしな!  学食の他にも焼きそばパンやコロッケパンなど、いわゆるおかずパンとして売られてる売店がある。  そこに菓子パンの生クリームチョココロネという群を抜いて美味いものがあるんだがどうも人気で、下手したら昼休み始まって10分でなくなる時だってある。ちなみに今でも売ってるが人気は続いてる。  その日の昼休みも平三と木下の三人で売店でなにか買おうって話になって、ジャンケンで負けた奴がみんなの買いに行くっていう普通の提案をした。――俺が。  でもこういうのって言いだしっぺがやっぱ負けるのな……肩を落としながら買うパンを覚えつつ金を貰い並んでいた。  前の奴等は男なのにキャッキャッと騒ぎながら、なに食べる?あれ食べる、なんて会話してて内心『はやく進まねぇかなぁ』と考えていた。ボーッと、どこか一点を見ながら待っていたんだ。  そしたらキャッキャッしていた男達がさらに賑わい、手招きをしながら『こっちです!王子様!』とか言ってて、俺はその“王子様”とやらに興味を持てず生クリームチョココロネしか頭になくて――あと平三と木下のパンもな――見向きもせずそのまま待っていた。  まぁ多少、あぁ?友達かよ、つーかこういう割り込みもどうかと思うけどな……って思ってたけど。  それが、いけなかった。  奴等に混じった男は『生クリームチョココロネと、』と注文。人気商品は人気のまま買い取られていくんだな……と、やっと俺のばんだ、って思ったら生クリームチョココロネが置いてあるはずのトレーの上に“本日は完売”と書かれていた。  それからの流れは王司が話した通りだ。  殺意が芽生えつつも、もういなくなってしまった男達。奴等を追って、教室に戻っても遅過ぎだとかいろいろ平三と木下にグチグチ文句を言われるだけだ、と思い、諦めて他のを買ったんだ。  それから二人に届けて、ちょっと飲み物も買おうともう一度教室から出た矢先、廊下の窓から見えた裏庭での男。  あいつが順番を抜かさず最後尾から並んで待ってれば俺は買えてたかもしれないのにな――!って。  そうそう、蹴ったな、男を。 「あれお前だったのか……そういや王子様とか言われてたもんな……」 「それはちょっと、アレだけど……」  なんだ、王子様は気に食わないってか?  イケメンは贅沢だな。金持ちと同じで食事にも、扱いにも、贅沢な考えをする。 「でもあの蹴りで俺は智志君の存在が気になってしょうがなかったんだ。躊躇いなく暴力を振ってくれる中沢 智志という男が」  ……暴力って変換すると物騒だからやめてくれねぇかな。 「さっきだってそうだ。智志君をイかせたあとの肘打ち!痛かったけど、同時にまた嬉しくなって、」 ――性的に興奮するんだ。 「……ふっ、はは、そーかい」  性的て。 「智志君は俺の特別な人」 「そりゃ……喜ばしい、な?」  性的な意味でか? 「智志君、もっとケナシテね。俺は大好きなんだ」  でた、貶して発言。ケナシテね、ってなんなんだ。そんな言葉と表情はとても一致しないようなこと。おかしな言葉に爽やかな表情。  しかし、ここまで来ると昨日の夜、どうして床に寝転がっていたんだ?って質問も怖くて聞きたくねぇな……。  腕を組みながら思ってるとキッチンから聞こえてきたオーブンの音に、この話は終わりを告げる。  

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