31 / 118
それでも相手は女、の子
名前を呼ばれて、察する。
俺の名前をそういうふうに呼ぶのはあいつしかいないから、気付く。声も聞き慣れてしまった相手に振り返ると、やはりそいつがいた。
「王司か」
「智志君はよくこの本屋つかってるの?」
王司の質問に俺は先ほど棚に戻していたレシピ本を手に取り、平三と木下の名前を出してレジへ向かう。
「そっか、二人と仲良いもんね」
「そうだな。仲は、良いな」
「んー?智志君?」
別に……別に俺は女の子の言葉を真に受けたわけじゃないから!
俺だけが友達だと思っててあいつ等は違うとか……そうじゃないはずだから!
あー、くそ。隣に王司がいるっていうのが落ち着かねぇ。周りからおかしな目で見られていたらどうしよう。
まだあの女の子は母親といる。学校とは違う感覚に上手く王司と喋れない。ここは学校じゃないから、そこまで気にする必要などないのに。
「ねぇ、智志君。その雑誌、一緒に買うよ?」
「は?いいよ別に」
「でも、手間が省ける」
それは店員の話であって、俺達はなにも関係ないような……。
「……あ」
手間が省けると言いチラッと見せてきた王司が持ってるそれは、参考書だった。
授業程度しか教科書やノートを開かない王司がまさかこういうのを買うなんてな……どうやら俺は本当に王司のやる気スイッチを押していたみたいで、安心する。
なにより誰からも責められずに終えるっていうのが嬉しくて嬉しくて!
それとなんだ、俺の部屋で自慰行為する事以外の約束もそこそこに守ってくれてるし、俺的には大満足だな。
たかが背中を蹴っ飛ばしたぐらいでここまで人間は言う事を聞くんだな……王司限定だけど。
「はっ、お前もついに勉強する時が来たんだな」
「うん、まぁね。智志君にも言われたし。……あと、」
―― 一緒に寝たいから頑張るよ。
「あー……手間も省けるしこれ一緒に買っといてくれ」
「うん!」
なんとなく話題を変えようと持っていた本を王司に渡す俺。
あんなナルシスト提案をこいつは普通に乗ろうとしてるぞ……。王司の本気をまだ知らない俺だけど真に受けて挑もうとするこいつは本当に出来そうな気がするから焦る。
言って後悔してる、のかもしれない。ナルシスト発言でも。
「あ、そうだ。智志くん」
また名前を呼ばれて黙ったまま俺は王司を見ていると、どこか怖さを隠したような、苦い表情を浮かべつつ、
『あの子は誰?』
と、指を差しながら、言った。
王司が指を差す先を見てみればさっきの女の子だ。
幸いにも女の子と母親は俺達に背を向けながら歩いている姿でこっちを見られていない。仮に今、振り向かれてたら失礼なことをしてるからきっとなにかを言われるに違いない。
そう思って俺は慌てて王司の腕を掴んで下ろす。
「人を指差すな」
「だけど智志君はあの子と喋っていた」
「喋ったけど知らねぇ女の子だ」
とりあえずさっさと買ってこい、という意味で王司の足を蹴り顎を使ってレジへ向かわす。が、三冊、四冊程度の本はすぐに買えたらしく浮かない表情のまま戻ってきた。
いったいなにが不満なんだ。俺は大満足してたっていうのに。
「あ、お前先に帰れ。俺は二人を待ってるし、お前と寮に戻ったらうるさくなりそうだから」
「やだ……」
「やだじゃねぇよ……」
夕方、帰宅ラッシュという時間なのだろうか。
本屋から外に出ればサラリーマンや他の学校の制服を纏った子達がせっせと足を動かし家なりなんなりと向かっている。
当然、本屋も混んできてて出入り口が少し騒がしい。
「も、もう大丈夫だよ。一緒に帰っても見られないって」
「バカ野郎、食堂でメシ食ってる奴等に見られたら王子様祭りだろうが」
「ならない!」
「いーや、なるな。自分が目立つって理解してるか?」
そう言うと王司はわかりやすくも肩を落としてさらに暗い表情になっていた。
今日はどうも暗い展開が多いらしい。というか、今日の王司はしつこいな。
「なに、王司まさか“女の子”についてなんか気にしてんのか?」
ギャグのつもりで笑いながらさっきの発言を拾って言ってみた女の子。
あまりにもガキ過ぎて誰も相手にしないような、俺と女の子だけど。
王司も王司で首を横に振りながら、違うの一言を口にすると思っていたんだが、
「……なんか俺、智志君が女と絡むの見たくない」
真面目に返された、とか……。
「王司……あの子はまだ小学生だと思うんだ」
「それでも女だよ」
「女の子だ!きっと俺より10歳も下だ!あり得ないっつの!」
「だけど女には変わりない……」
「はははっ!――てめぇいい加減にしろよ?」
ドンッと肩を殴ればよろけながらも少し顔を歪める王司。
痛かったんだろうが今回ふざけたような笑みも含まず、変わらない重い表情。
そんな王司を見て俺も気まずくなる。
「……嫉妬、しちゃったんだ」
まさか、あんな小さい子相手に?
「お前、本当にバカだな」
「うん……うん、俺バカだよ……」
そして目を擦る王司に泣いていたのかどうかは知らない。
それは知らないが、なんだか俺は遣る瀬無い気持ちになり溜め息を吐いて、スマホを手に取り平三と木下へメール。
一斉送信を済んだところで王司の背中を叩いて、帰るぞと声掛けた。
ちょっとした気の遣いなのか、俺の制服のシャツを少しだけ掴み歩く王司。
本当に、ほんとーに周りからどう見られているのか気になってしょうがなかった。
気になって気になってしょうがなかったが、王司にどこか甘くなってる俺も気になってしょうがなかった。
こんなんだから王司は調子に乗るのかもしれないな。
ともだちにシェアしよう!