62 / 118
最終日の夜
* * *
〝あとは……そうだなぁ、精神的な上下関係を作っとけよ〟
笑いが出てしまいそうだ。
先生であった木下、助手であった平三。
平三にかんしては躊躇いの部分も見えていたが、お前等のおかげでなんとか今日まで、事故――事後――なく一週間を越せそうだ。
嬉しさからくるものなのか、喜びからくるものなのか、楽からくるものなのか、それとも、その他になにかがあるのか。そんな笑みが零れそうでどうしようかと……。
ベッドに座る俺に、俺の前で床に正座をする王司。
こういった光景はこの部屋にいたら結構見れるものだが、ここまで静かなのは今までにないパターンだ。
俯いてる王司の顔をなんとか見てみれば綺麗に落ち込んでいて、眉は完璧なハの字に垂れている。そして泣きそうな面。
雰囲気は完全にお葬式状態だ。俺は違うけどな。
時間は22時過ぎ。昨日よりははやいが、そこには理由がちゃんとある。
王司がまたもやゆっくり寝ていたいんだとよ。
明日ももちろん学校で、ゆっくり寝たいならはやくベッドの上に来ればいいのに、こいつはなかなか動かない。しかも王司のことだ……こいつの“ゆっくり寝たい”は“喋りたい”という副音声が入っている。
俺はそれがちゃんと聞こえたし、キッカケとなった期末テストの約束として最後まで叶えたいじゃないか。俺が出来る範囲でな?
出来る範囲で、王司のなにかを叶えようと。
「王司、入らねぇの?」
指差す先は枕の方。
「……入るけど、なんかもう二度とないような気がして……」
「あー……」
「あー、って……!」
ショックでも受けてるのか両手を俺の膝の上に置いてきては俯いていた顔を勢いよく上げて涙が零れ落ちそうだった。
王司にしては珍しい。本物の、真面目なネガティブ発言だ。王司がこんな事言うなんてなぁ……。つーか俺の覚悟はどうなるんだ?
明日以降ずっとこのテンションでいられたら平三にはもちろん、木下までにも申し訳ない気持ちになるだろうが。
これが終わったら王司と、向き合おうとしているのに。
変態からおかしなドMにだって、せっかく向き合おうとしているのに……本人には言わないけどさ。
「とりあえず今日は寝ようぜ。永遠の別れでもねぇのに」
「……抱き締めてもいい?」
その言葉に一瞬だけ固まる。
こいつが言う意味と俺が思うその意味がたまにズレている時があるからな……でも、ここは真面目に抱き着くだけだろう。
そう判断した俺は足をさらに広げて、腕も伸ばしてやれば突進かのように抱き着いてきた王司。その際、俺の薄い胸板に頭がぶつかって咳がでるかも、と思ってビビった。
「っ、お前さ、考え過ぎだっつの」
「だってだって、だって智志くんはいつも俺を、」
「話を最後まで聞け」
王司が言いかけたものはなんとなく予想出来ていた。
いつも俺を嫌がる、なんて言おうとしたんだろう。
9割はあってるぞ、正解正解、よくわかってるな、自覚あるなんて素晴らしい。……なら、やめろよって話なんだが。
とはいえ、今そんなツッコミをしたら間違いなくこいつは泣く。もしくは面倒なことをしてくるだろう。それだけは回避したいものだ。
「別に寝たけりゃまた来てもいいぞ?」
「……え、智志君?」
王司じゃなく、その向こう側の勉強机を見ていた俺の言葉に戸惑いからなのか素直な驚きからなのかわからないリアクションをして、また俺の顔を見てきた。
しかもガッツリと、穴が開きそうなほど。これはもしかして期待してるんじゃないか?
まあいいけど。
「――お前が絶対、なにもしないと言えるならな」
視線を王司に向けて、俺にとっての釘を刺し、王司の顔を両手でギュッと挟む。
頬肉が中心に寄ってアホみたいな顔になってるくせにそれでも不細工だと思わないのはやっぱりイケメンだからか?
イケメンはどんな時でもイケメンのままか?
「どうだ王司、守れるなら、いいんだぞ?」
まだ顔を挟んだままで、だけど俺の言葉に必死で返事をしようと首を縦にして頷く王司。
本当に守ってくれるのか疑いが向けられるが、まぁここは信じとこうじゃないか。
パッ、と挟んでいた顔を離しながら俺は『じゃあ寝るぞカス』とだけ言って掛け布団をめくり王司より先にベッドにもぐり込んだ。
目を瞑る動作をすれば気を遣ったのか、さっさと電気を消して王司もゆっくり入ってくる。
一応、最終日の夜である今日はどんなくっつき方なんだろうなぁ、と思っていたが、それは意外にも――手だけを繋いでくる、本物の健気さだった。
ともだちにシェアしよう!