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カウントダウンでもしますか?
隠していたわけでもない話を俺は木下にミルフィーユを渡しながら『親はとっくに死んでるからな』と教えた。
平三に話した時はバツが悪そうに、思い返して悪い、と謝ってきてたのは今になって良い思い出。
悲しいもなにもない俺はその後に訪れた重い沈黙の方が堪えきれなくて、どうでもいいと返した記憶がある。
またそんな空気がやって来るのかな、と心のなかで苦笑いをしていたら、さすがのさすが。
「なら帰らなくてもいいな。しかし、もうちょっと重い感じで話せよ。じゃないとなにか“裏のある受け”にならないだろ……?」
木下はこういう奴だ。
わかっていた奴なのに、こうもストレートに指示されると嫌になる。
指示もくそもないが……渡そうとしていたミルフィーユは鞄に戻しておこう。
「んでさぁ?あいつとお前が初の、「お前あまり俺をそういう類で見るなっ……!」
「だってそうだろ!結論はそうなっただろ!?だからどうなったか聞いたのに変わってないとか言うから!接触する機会がなくなるとか言うから!」
暴走した木下なんて誰も止める気なんて、ない。
だがここは俺も一度冷静になろうか。
「……そういや中沢もって。も、ってなんだよ」
「俺も帰らないからだ。帰れば道場の手伝いをさせられるし、父親も俺が帰ってくるからといってそれほど楽しみにしてるわけでもないからな」
鞄に戻したはずのミルフィーユを木下に奪われながらも、ん?となった。
父親がそうでも母親は寂しいだろうよ。
手伝いだって、親孝行ですればいいものの……と、やったこともなければ“とりあえず”世話になったじいさんばあさんに連絡をしていない俺が思うのもおかしいか。
本人が言ってるんだ、帰らないんだろう。
「木下の親御さんって、離婚してるんだっけ」
「あぁ、俺が中学の時にな。お互い、それほど好きではなかったと言っていたなぁ」
平三が口にしたのをキッカケに木下も家の事情をしみじみ語る。
でもこれは、どう返せばいいんだ……。また俺とは違う事情に戸惑いを隠せないのが本音だが、平三もこんなかんじだったのか?
「まぁでも息子の俺は父親に引き取られて不満があるわけでもないし、母親とも会う時は会ってるから。俺への愛情は二人からたっぷり受けていると感じているよ。つーかさ、」
もごもごと食べながら話す木下に、もう教室には俺達以外の生徒がいなかった。
「父親はゲイだし母親はレズだし、お互いが今好きな人といるしでなんで俺が産まれたんだって思ってる最中だ」
「……サラブレッドか?」
「……思考がサラブレッドかもしれないな」
ポカンとする平三になんとなく納得してしまう俺。
そこまで重くならなかった空気は木下のフランクな話し方で避けれたんだと思う。
「松村は?実家は大阪だっけ」
「大阪なのは、そういう設定だ」
「設定!?」
驚いて目を見開く木下。
なんだ、そこは知らなかったのか。
平三は木下の家の事を知っていて、だけど木下は平三の家の事を知らなかったんだな。
「小さい頃から転勤族であちこちだったし、二人の仕事の都合でどこかに留まる事があまりなかったからな。実際、大阪に家はあるけどそこに住んだ事もなければ二人とも東京出身、東京育ちだから」
『ちなみにそこに住んでる人がいるけど、俺からしたら知らない人が住んでるよ』
そう言った平三も雰囲気でわかる、俺も帰らないと。
つーか去年も帰らなかったな。しかも、平三の両親は今、海外に滞在中らしい。
全寮制に入学した理由もわかったような話だ。
だとすると、少なくともここにいる三人は夏休みの間ずっと寮で生活していくのか……。あまり変わらないのもどうかと思うが、それはそれでいいのかもしれないな。
「じゃあ、松村も帰省しないとなると、あれだな……今年の夏は異常だし、外に出ず過ごすか……」
「賛成」
「俺も智志の菓子食えればそれでいいや」
ちょっと待て、それって俺が結局動くのかよ……。夏バテも知らないのか、こいつ。
鞄に入っていたミルフィーユもなくなって、そろそろ寮に戻ろうと椅子から立ち上がれば俺の気持ちが伝わったみたいで平三も木下も自分の席に置いてあった鞄を手にして教室を出ようとしていた。
平均的な成績表も忘れずに鞄の中に入れて冷房のかかっていた教室から廊下に出れば驚くほど違う温度にぐったりする。
5分ぐらい我慢すればまた涼しくなるはずなのに、その5分が長いのなんのって――あ、もう実家に帰る奴等がいるんだなぁ。
「くそ暑いなか電車乗り継いでただいまってどうよ」
荷物を多く持った生徒がチラチラと見えたのか平三が呟く。
「でも初日で帰る奴等はほとんどホモじゃないぞ」
「木下の見るところがズレまくっててたまに褒めたくなるよ」
寮についてそれぞれの部屋に戻ろうと『また暇なとき』なんて手をあげて別れた。
木下から、来るなら絶対に連絡しろよな!と叫ばれたが返事をしたかしてないか……どうだったかなぁ。
というか俺や平三を部屋に受け入れてくれるあたり、あいつだって満更でもないんだろうよ。
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