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あーん
「……デート」
王司が口にした言葉を呟いてみる。
こんなのがデートなら、いつもの俺達はどうなる?
メシなんて部屋だとしても二人きりで食べているだろう。そこにテレビがあるかないかの話であって、あとはいつも通りだ。
握られる手は払わないが、そのイメージはどうも受け止めきれない。だってリビングで同じことされてみろ。
全く同じ光景で、デートの雰囲気がわからないから。
「バカなこと言ってねぇで、もう取りに行くぞ。音もなくなったし出来てんだろ」
いつもはやい出来にさすがプロと言いたくなる。
手払いはしてないが、すり抜けるように手を離してまずは俺一人で立ち上がり受け渡し場に向かう。
「あ、さとしくん……」
そこで焦ったように後ろからついて来る王司。
「じゃあ、おばちゃんも休憩行くから、水はいつも通り出るよ」
「ありがとうごさいます」
「あ、ありがと、」
焦ったまま取りにきたせいか王司は吃りながらのお礼。
そうか、そりゃそうだな。ばーさんにも休憩があるよな。
ふと出されてる夏休み専用の時間帯に申し訳なくなる。
午前から14時まで、そして次は16時から22時までの時間。持っていたスマホで確認すれば5分ほど過ぎていた。
「片付け、出来たらやってやるんだけどな」
「んー、ここって夏休み中の食堂利用は珍しいから」
去年もそうだったっけ?と思いながらさっきまで座っていた席に戻って、適当な話をしながらご飯を食べ始める。
美味いオムライスに全部いけると思った。だけど俺には、きてしまったらしい。さっきまで話に出ていた夏バテとやらが。
なかなかスプーンが進まずサラダにあるキュウリばかり食ってる。
おかしいな……普通に腹が減ってるはずなんだが。まぁでも、いいか。
「智志君は唐揚げとご飯、一緒に食べれない人なんだっけ?」
「あぁ、そうそう。おでんとご飯なみに一緒には食えねぇな」
一度持ち直したスプーンを置いて、王司が食べ終わるまで待っていることに。
「……智志君、お腹いっぱいになったとか?」
が、それを見逃さないのが王司だ。
俺自身でもわからない俺のことを見抜いてくるぐらいの観察力があって、たまに、本当に、冗談なしですげぇなと思うよ。
「腹いっぱいっつーか……ふぁ、はぁ……」
「ねむい?」
窓側を選んだのが悪かったか。
でも今は暑いし、眠気が来るとは思わないだろ……あ、エアコンの風がちょうどいい感じに来てるからか?……いや、違うな。――なんだ?
「……王司はもう食べ終わんのか?」
「あ、うん、もう終わる」
そう言ってひと口サイズで残っていた唐揚げを食ったところで王司のメシは終了したらしい。
普通に食えてんな……。残飯なんてあったらばーさんも可哀想だろうよ。それと、いくらエアコンがきいてるからって暑い中、置いとくのもどうかと……よし、食わそう。
「おうじ、」
「さとしくん……?」
持ったスプーンに残っているオムライスをすくって王司の口元に持ってくる。
なんだろうな……この異常な、ふわふわ感、というか……。
「智志くんから、あーん……?」
「そう、ほら王司。あーん」
「……ッ」
ノリで言ってやれば一気に顔を赤く染める王司。くっ、と唇にオムライスをつければ口を開けて一口。
なくなるまでその繰り返しで、だけどペースはゆっくりの中のゆっくり。
つまりは超遅ぇってことで、また手をいつの間にか繋がれていた。
「美味いか?王司」
「ん、美味しい」
「あと一口だな」
眠さに堪えてなんとかやり過ごすものの、さっきより眠くなってきてる気がする。体が浮くような、我慢出来ないうずうず。
握られてた手は暇を持て余してて、つい王司の手の平をくすぐるようになぞっている俺。
「ほら、あーん」
何度目かの“あーん”に王司は惜しそうに、だけど美味しそうに最後のオムライスを頬張った。
いまだに、ふわふわ感が抜けないせいで欠伸も止まらなかったが、王司は一人嬉しそうに『寮内デート……』と繰り返し呟いている。
デートなんてしたことないが、これがデートになったら俺達いつもデートしまくってるじゃねぇか……どうなんだ、これ。
価値観の問題だろうか。
まあ……これもこれで、いいか。
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