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甘い釣り師
「好きな彼の胃袋をゲットして虜に――……って、こんなので恋人になれるなら誰も苦労しねぇよ」
8月の中旬。はやくもお菓子レシピ最新号では秋の甘いお菓子特集が掲載されていた。
読書の秋、運動の秋、食欲の秋とかで便乗して〝お菓子の秋〟と書いてあったけど正直、それは食欲に含まれるだろうし菓子そのものは一年中だろ。
そこで甘党なのか、そうじゃないかで決まってくる。俺自身、甘党ではないが。
「じゃあ俺はもう智志君にゲットされててトリコじゃないか」
「それは違うだろ……」
ソファーの背もたれに体を預けていたら後ろから王司に抱き締められた。
頬擦りも好きなのかスリスリしてきて顔が近いのを鬱陶しく思いながらも雑誌に集中する俺。
菓子というか、たまにはパンも作ってみたいな。
「智志君さとしくん」
「うっせぇな、なんだよ」
「ん、ぅん……っ」
頬擦りのあとは、しつこく意味のないままグリグリと俺の肩に頭突きをしてきて名前を呼ぶ王司。
それがまたイラッときたのと集中したいにもかかわらず構ってくれオーラを感じ取り、こっちの気分は降下中だ。
ならうるさい原因である口を塞いでやろう、と考えて腕を伸ばした結果、どうやら俺の指は王司の口の中に入ってしまったらしい。
前にもこんな感じで王司の口に指突っ込んだ事あったな……。
「んぅ、ん、むうぅン……」
「……」
抱き締められる腕は離してくれなかったが開けなくなった口のおかげで静かに過ごせる。
舐められて甘噛みされながらたまにしゃぶられてるが、うるさいよりはこっちの方がマシだ。
突っ込んだ指をされるがままに、舐めて噛んでくる王司は幸せそうな表情で俺の肩に顎を乗せて、やっと落ち着いたスタイルに俺は再び雑誌に目をやり読み直す。
夏休みの間、ずっとこうだ。
時期としてはお盆であるが父さん母さんの墓参りや掃除はなるべく命日にやるようにしている。
極力、あの辺を近付かないようにしているだけではない。
そこでおじさんおばさんに会ったらどうしよう、とかそんなの考えてないからな。
ただ俺が参りたい時や、掃除をやろうと思ったその日に出向いてやっているから、親不孝者の子じゃないと思う。
――たまに命日じゃない日にひょろっと向かってみれば綺麗なままの墓が、枯れていない花に新鮮さを知るお供え物を見て、あぁ来てくれてるんだ、と。
そこで本当にあの人等と親戚なんだな、と実感させられる。
だから、つまり、その、俺はまだ墓参りに行く気はない。行く機会があってももっと先の話だ。
「お、これならパン出来そうだな……」
頭の片隅で父さん母さんの記憶を思い出しながら発見した“炊飯器でもパン!”というコマ。
テレビにしてもなににしても今の炊飯器はとても使い勝手がよく、なかなかの物を作り上げてくれるらしい。その中でもパンは代表的じゃないか?
あとはケーキのスポンジ部分だったり、ふっくらなホットケーキやスコーン。スイートポテトまで作れるらしいぞ。
身近で当たり前な器具を使わずにどうする……忠実にそのまま使っていてもつまらないだろ!
「む、ンんッ……さと、しくん……」
無意識に動かしていた指を止めて、ちゅぽ、と音を鳴らしつつ口のナカから出す指。
「王司、この中から選ぶならなにが食べたい?」
カステラ、タルト、パンプキンケーキ。
秋の旬物を使ってレシピも書いてあるから作り慣れてる俺がやってもあまり失敗はしないだろう。
少なくとも、王司や平三達よりは上手くいくさ。
「あ、んー……?俺なら……」
じっくり覗き込む王司の喉から出っ張る喉仏を触ってみる。
首はくすぐりポイントの一つであるはずなのに王司は嫌がらず、反応も見れないまま『パンプキン!』と元気よく答えた。
「パンプキンか」
「作ってくれるの?」
そうだな。まずは平三と木下に作るか。
勘違いするな、あいつ等は毒味みたいなもんで、美味かったらちゃんと王司にも作ってやるから。
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