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甘い釣り師

   ソファーの後ろ側に膝立ちで座っていた王司はこれを機に肩から乗せていた顎を退かして立ち上がり、俺の隣に座った。  そんな一部始終を横目に次のページを捲る。――はやく行けばいいのにな? 「智志君、膝の上乗ってくれよ」 「……は?」  なにも喋らず唐突な言葉。  こういった頼みごとには常にそれなりの流れというものがあった。一緒に寝るにしても、そういった雰囲気があったから言っていたわけで。  王司が俺のモノを咥えたがって強請る時も、それをヤる前提だから口にしていたわけで……こんないきなりなにかを頼んでくるなんて、そうそうにない例だ。  しかもなぜ膝の上……これまでもう数えきれないほど王司の膝の上に乗った経験はあるが、すぐにソッチ系の流れに辿りつくものばかりだ。  と、いうことは……王司の奴、セックスがしたいんだな? 「……ないわー」 「智志くん?」  きゅっ、と腕に絡みついてくる王司。まるで女子。  仕草が漫画ドラマで見たような女みたいでちょっとばかし可愛いとさえ思えてくる錯覚。  こいつは男で変態こいつは男で変態こいつは男で変態こいつは男で変態こいつは男で変態こいつは男で変態こいつは男で変態こいつは男で……よし、暗示完璧。  雰囲気じゃない限り王司に『可愛い』なんて言ったらどんな反応するか……わかっている答えは二つ。  一つは照れて黙るか、もう一つは確信的な笑みを含みながら顔を近付いて来るか。――答えはどちらかだろうよ。  一般的に前者はあり得るが、王司 雅也は予想したちょっと斜め上辺りにやって来るからさ。  後者も強ち間違ってはいないと思うんだ。 「つーかどうして今、膝の上に乗らなきゃいけねぇの?」  集中していた線もだんだんと切れはじめてきて、読んでいた雑誌を閉じる。 「さっ、智志くんの重さを感じ取りたいから」  ずっと視線を雑誌に入れていたのが王司からしたら気に食わなかったのかもしれない。その証拠に、俺が目を合わせてやれば少し恥ずかしそうな感じで俺を見る王司が見れたからだ。  その瞳に、俺が映っている、うっとりした、目で。 「さとしくん……」  そうとわかれば俺も俺で王司をつい甘やかしたくなる衝動に駆り立たされる、謎の現象も起きる。 「おーじ、」  いかんいかん、とわかっていても、 「さーとしぃ、なにしてんだよー。はやく木下の部屋行こうぜー」  危なくも王司の首に噛みつきそうになった時、救世主という名の平三が玄関のドアをノックしてきた。  さすが我が友。一年以上の同室者は伊達じゃなかったようなナイスタイミング。  ハッ、として見開いた目に王司へ近付いていた体を引いてソファーから立ち上がった。  やっべ……俺としたことが……。 「……じゃあ、」  片手で顔を覆いながらスマホと作っていた普通のクッキーを手にして王司から離れようと、平三がいる廊下側に向かう俺はそのまま『お前もはやく生徒会行けよ』と伝えた。  こいつは朝から生徒会があるっていうのに昼近くまで俺と一緒に部屋にいる。  平三から“生徒会で王司もいなくて暇だろうから、昼食がてら木下の部屋に行こう”というお誘いメールが届いていた。  それに対して、あぁ王司のやつ生徒会があるのかぁ、程度で平三には二つ返事の文字を送っていたのだ。  だが王司は朝メシを食った後も、俺が掃除している時も、時間潰しで雑誌を読んでいた時も、なかなか学校へ行こうとしない王司に首を傾げていた。  だから心の中で〝――はやく行けばいいのにな?〟と思っていたし、セックスだってさらさらする気なんぞなかった。……流れそうになったのは、事実なんだけど。  しかし今の王司のバカは、離れようとする俺の腕を掴んで泣きそうな面をしている。 「やっ、あ!待って智志くん……!今回のは俺が行かなくても進むような内容なんだっ、松村君や木下君と遊ぶの?俺やだよ……智志くんお願い、一緒にいて?」 ――あー、かわいい。 「いや、お前がいなくても進む内容でも行けよ。生徒会なんて知らねぇが、確認とかで行ってこいよ」 「さとしくんー……」  眉を垂らして気の弱そうな八の字におもわず噛みつきたくてしかたがなかった。  まぁ、そこに平三がいるからやらねぇけどな。まだこういったブレーキが効くから良い方だろう。 「王司、行ってこい」 「でも……」 「行ってくるんだよ」 「……一緒にいたい」  駄々をこねる王司。  こうなったら一気に子供返りをした感じになるからとりあえず、ウザい。 「……いっつも松村君をはじめに木下君達との時間を優先しているよね、智志君。俺は智志君とずっとずっと一緒に――「今日の生徒会はすでに決められてた日時だったろ」  王司の言葉を遮って突っ込めば、また一段と悲しそうな表情を浮かべて俯いてしまった。というか、スイッチが入る前でよかった。  じゃなきゃもうあとはどうにもならないからな……。  

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