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「智志のことが好きだよ、」/グレー編

   そんなある日だ。  今日も今日で挨拶をしてもそれだけなんだろう、と少し憂鬱な気分で自室からリビングに出た。  すると、初めてだったんだ。 「おはよ、松村」  顔も洗って制服にも着替えてて、最後に鏡でネクタイを結ぶ途中、振り返って俺に挨拶をしてきてくれた。  挨拶でも、話しかけてくれたのが初めてで、すぐに返せず噛みながらも『おはよう』と言えば、中沢 智志は鞄を持って『先に行くぞ』と出て行ってしまった。  これがキッカケ、といえばいいか……そこからよく話すようになっていた。 ――余談だが、まぁ、俺も盛んな学生だ。男子校に行ったのはいいが、そういったものを出せるような場所も相手もいない。  中学の最後に覚えてしまったセックスというものに、そこまではハマってなかったつもりも、もう一度、と思ってしまう。  寮からも学校からも少し離れた場所を歩いていれば一回は声をかけられるぐらい、顔が良いのかなと自覚もあったせいで、流されるまま女性とヤっていた。  あとから名前も知らずに性行為するのって危ないよなぁ、と考えるようになってやめていったけど。  サッカー部に勧誘されて、好きなものでもあるし、気軽に入ろうと思って入部してみればよく可愛がってくれたものだ。認められた実力に顧問もエースとして背負わせてくれて、いい青春をしていたと思う。  過ごせていたと思う、が、学生ってのは壁あってなんぼらしい。  もう忘れてしまったが、なにかですげぇ落ち込んでた俺はそこそこ仲良くしていた木下に愚痴をこぼしていた。  その時からすでに漫画を読みながら、ザル耳のように流しつつも、相槌をしてくれてるのが救いで勝手にすっきりしてからそのまま部屋に戻った。  ちょうど、お風呂から出てきた中沢 智志に、出来るだけの笑顔で『ただいま』と返した覚えがある。  それだけなのに、智志は次の日――食ってもいいぞ、知らないが元気出せ――と殴り書きで置いてあったブラウニーケーキを見付けた。  ここの部屋に住んでるのは俺と、あいつだけだ。だとするとこれはあいつが俺のために作った、ケーキになる。  チョコレートケーキが大好きだったことも、知っていたのか?  いいや、知らないだろ。  お互いの好き嫌いをまだ把握していないのに。落ち込んでいた気持ちに、こういった慰めは弱い。  そこから男前過ぎる智志に懐いていったのは俺の方からだ。と、同時にまだ生徒会にすら入っていなかった順平とも仲良くなっていた。  担任の『松村は中沢と――』という声以外にも積極的に俺が智志と行動をしていた時もあった。というより、毎回毎回俺が智志にくっついていた、という言い方のほうがあっているけど。  でも、どういうわけかそれを気に入らない人がいたみたいで……智志の物がよくなくなるようになっていた。  最初は些細なものだ。  シャーペン、消しゴム、小物。  次は首を傾げるものだ。  教科書の行方、机と椅子の位置がバラバラ、面倒なもの。  次は確信したものだ。  上履きがなくなり、鞄はゴミ箱にあり、本人がなくなって困るものばかり。  だけど本人は気にせず全部回収しに行ったり、買いに行ったりと教師達に言おうとしていなかった。  今の時代、教師に言ったところでなにか解決が出来るかどうかと問われれば、それは首を振るぐらいのレベルではあるが……聞いてみた時がある。  確実にそれはイジメじゃないか、と。すると智志は欠伸をしながら『お前は顔が良いからなぁ』と呟いただけ。  俺が原因でこうなり始めてるのはわかっていたが、ここまでとは思わなかったし、智志の反応もきっとイジメの主犯者達からしたら煽られてるようなもんでまたヒートアップするかもしれない。  焦る俺だけど、正直なにも出来ない。なにも出来なさ過ぎて、木下に話してみた。  だけどあいつは漫画ばかりで『王道、おーどー』とわけのわからない事ばかりだ。じゃあ次は、と――順平に話してみた。というより、相談に近かったから、どうすればいいか一緒に考えてほしかったんだ。  けど順平は『そうか、』とだけ言って、俺の前からいなくなった。  俺ってば、上辺じゃない、せっかく出来た友人相手の役にも立たないんだなぁ……と。  情けない話、智志の方がツラいはずなのに俺が泣きそうになっていた。……そんな俺を見てどう受け止めたのか智志は俺に、今度はチーズケーキを作ってくれていた。 「最近、どうだ?」 「んー?気持ち悪ぃほど物がなくならないなぁ。奴等も飽きたか?」  その数日後、智志の物がなくなる日々が、途絶えた。  

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