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【少々番外編】苦いものならなんでも治る気がする

  「雅也、お前完全に風邪だ。寝ろ」 「や、やだ……」  やだ、って……どう見てもお前の顔は苦しいですって書いてあるぞ。  9月過ぎでも変わらず、異常という文字がそろそろ怪しいと疑い始める暑さに俺は呆れとともに溜め息を吐いてなんとか乗り過ごしていた。  とはいえ、それは昼間の話であり、夜になれば夏本番なものに比べて随分と涼しくなった方だ。そのせいか、または季節の変わり目のどちらかで風邪を引くような生徒も出てきた高等部。  微熱で休む奴もいれば、熱があるのに学校に来てしまう迷惑な奴もいて、それで広がる風邪ブーム。まあ俺や平三、木下は問題なく過ごしていたのだ。  会長様や同室者である王司だって元気に見えていたぶん、なにも心配しないで――セックスをしようとしていた。  キッカケは知らないがスイッチの入った王司は盛り、やけにくっついてくる絡みに俺自身も流されて理性をぶっ倒し、ベルトに手を伸ばしながらキスをする。  どちらかの自室にあるベッドの上ではなく、リビングにあるソファーで始まるからたまに『これはどうなんだ……』と正気に戻りそうな時があるけど、こっちだって気持ちは昂ってんだ。  やめるに、やめれない。  何度かぶつかる程度の口付けに雰囲気もがらりと変わった時、王司の舌が入ってきて――違和感はそこからあった。 「んっ……はッ、ちょっ、雅也、待て……」 「あ、ぅ……さとしくん……?」  避けるために手で王司の顔を押さえてキスをやめさせれば、息を荒くして目を潤ませるいつもの表情がそこにあった。けど、頬がいつもより赤く見えるのは気のせいだろうか。 「っ……雅也、」 「はァ……んん?」  舌が、熱かった。  熱く感じて口の中に入ってきた時、いつもとは違うものに思えた。  ジッと王司の目を見つめるものの、興奮状態で起こる生理現象……とまで考えたが、ここで思い出す風邪ブーム。  こういった場合でも息を荒くするが、すぐに王司の息遣いは普通に戻るはずだ。一線を越えたらさすがに戻るのにも時間がかかるが今はそこまで進んでいない。  確かに朝からおかしいと思っていたんだ。  朝飯でパンを三枚食べるのが当たり前のこいつも、今日は一枚だけだった。  二枚目を食べるかどうか聞く前に『食べていい?』なんて言ってくるはずなのに、今日はゆっくり食べてて、おまけに目を少しきょろきょろさせながら食っていたんだ。  メシの残しはしなかったものの王司にしてはあまりにも小食すぎる態度に首を傾げつつ、そのまま学校へ向かった。  そのあとの王司を知らないから放課後の話をするが、一緒に寮へ帰ろうとバッタリ廊下で会った王司に、これまた首を傾げた俺。  どこか疲れ切ってるような、なにかを繋ぎとめるために必死こいてるような気がした。  部屋に戻ってお互いはやめの風呂に入ったあと、冒頭であるような空気になったわけだが、やっぱりおかしいんだ。 「……」 「んぅ……さとしくん、なに?」  スッ、と手を伸ばした先は王司の額。手で熱を測ろうだなんて正確な数字などわからないが、 「……雅也、体温計取ってくるから待ってろ。」 「え……ぁッ、待って――「うるせぇな、はやく退け」  熱かった。  そのあと無理矢理、退かして寂しそうにうつる王司の背中を見ながら俺も自室に戻って体温計を探した結果、39度の熱。 「智志くん?なんで離れるんだい?」  バカみたいに聞いてきたのは素朴な疑問。  ――バカは風邪引かない――なんてあるが、こいつは天才だ。なにもかもに対する天才頭。……が、バカみたいだ。  あの言葉は風邪に気付かずいつの間にか治ってる現象でバカは『風邪を引いた事がない』と言い張るが、それは王司にもあり得たものらしい。  なんで離れるんだい?って……体温計の時点で気付かねぇの? 「……雅也、今日はおとなしく寝てろ」 「え、やだけど」  やだけど、じゃねーよ。  こいつ熱があるのにそれでも俺とヤろうとしてんのかよ、バカなんじゃねぇの?  いやバカだわ。  そんな王司を無視して腕を掴まれてる手を離しながら掛け布団をかけ直す。離されたことに不安を感じ取ったのか綺麗な顔にハの字の眉を晒しはじめた。  さすがの俺も風邪相手にヤろうだなんて思わねぇし、単純に移りたくないからヤりたくない。 「俺、寮長から薬貰ってくるな。今夜にでもまた熱上がったら明日は学校休んで病院行った方がいいと思うぞ」  俺の時より熱が高いから、なるべくはやめはやめの方がいいだろ? 「さとしくん……」 「なんだよ」 「……」  ツラいのかなんなのか、すぐ目の前にある俺の手を握りたくて伸ばす王司だが、体力はそこまでみたいで掛け布団からはみ出る腕。  せっかく直したのに同じことを何度やればいいと思っているんだ……。 「しばらくはツラいな」  だから、俺から手を伸ばして頭を撫でる。すると王司は気持ちよさそうに目を瞑るがツラくにも見える表情に、とっとと薬を貰ってこようと部屋から出て行った。  ついでにお粥も作っとこう。    次に王司の部屋へ向かったのは、薬を貰いお粥も作ってトレーに乗せた時だった。  一応、反応に期待せずノックをして一声かけた後、部屋に入るとまた掛け布団がズレながらも寝ている王司が見えた。  寝返りしたってレベルじゃなく、一回起き上がったか、その後に立ち上がりもう一度ベッドにもぐったかのどちらかだろう。  まぁいい……今日の王司に怒ったってしょうがないし、尽くしてやろう。  氷水の入った枕を手に普通の枕から変えようと王司の頭を持って置けば『んンっ……』と漏らしながら起きてしまった。  まさかここで起こすとか……可哀想な事をしたな。 「悪い、起こしたな。調子はどうだ?」 「ん……さとしくん……」 「んー?」  額に浮いてた汗を拭きとっているとその手を掴まれて頬擦り。風邪を引いた王司はなかなか気弱くて、なんとなく可愛いらしい行動に俺はつい、ふっと笑う。  空いてるもう片方の手で前髪をかき分けながら二口、三口ほどお粥を食べてくれないかな、と思っていたけど。  あ、そうだ。 「雅也、薬を貰ったはいいが粉薬になったんだ……飲めるよな?」  寮長に頼んで貰うと、いつもなら錠剤のはずが今日に限って粉薬。なんとなく粉薬の方が苦手だと思っている俺は心配になって聞いてみたんだ。  これで飲めなくて駄々こねられたら俺が困る。……平三の時が一番、厄介だったのを思い出して余計に不安が募る。  けど、王司は王司だった。 「ん、だいじょーぶ。俺、粉薬派だから。苦いのは基本的に平気だよ」  その言葉にだいぶ癒されたほど、平三の時は凄かったと思っといてくれ。  しかし苦いのが平気というのはマゾ的な意味でも含まれているんだろうか。続けて粥も食べれるか聞いてみよう。 「お粥は?」 「智志くんが作ってくれたお粥?食べたいっ」 「じゃあほら、起き上がれ」  なんて言いながらも手を貸す俺は病人相手に優しい。  壁と背中の間に枕を入れつつ楽な体勢にしたあと少し冷めたたまご粥を目の前に差し出す。だけど王司一人で食べさせようなんて考えていない。  ちゃんと俺が食わすって。  レンゲにひと口ぶんをすくって、冷まさなくてもいい具合のお粥を王司の口に持っていく。 「……」 「……雅也?」  が、なかなか食べようとしない。それどころか目の前に出したたまご粥を見てるだけで動こうともしない。まさかたまご粥は苦手か?  普通に梅干しがよかったか。でも作っちゃったし、ここは食えよ……いや、尽くすと決めればちゃんと尽くすけど。だから作り直してやるけど……面倒だと思う心は変わらない。 「どうした。たまごが嫌なら他の作るけど」  引っ込めたレンゲ。  とくに気にせず王司に話しかけるがやっぱり高熱のせいでもあるのか、ボーッとしていて進まない。  このお粥が嫌じゃなければ食ってほしいし、嫌なら他の物を作る。  要はさ、薬をはやく飲ませたいんだよ。それで寝かせてやりたいだろ。 「ツラいのはわかるが、とりあえず腹になにか入れとかないと薬飲めねぇぞ?なにがいいんだ?」 「いや……これがいい……」  ならはやく食えよボケ。  そんな気持ちを込めながらまたたまご粥をすくって口元に持っていくが、食べない。  なんだこいつ。さすがにイラついてきた。  短気だと言われてもいい、イラついてきたぞ。 「これがいいならはやく食えよ」 「うん、うん」  返事をして開けた口にようやく食べた王司は『美味しい』ともぐもぐ食い始めた。  もちろん俺が食わせてるわけだがスピードが追い付かない。熱で食欲もそれほどないと思っていたのに美味しい美味しいと言いながら口を開けるから。  あの間はいったいなんだったんだ、と。 「全部食ったな……なんか、熱とか下がったんじゃねぇの?」  冗談を言いつつ食い終わった王司の額に手を当てながら体温計を渡す。  高熱にしても完食したペースは本当にはやかった。ぶっちゃけはやすぎて引いた。十分も経ってないだろうよ。  一気に腹に詰めたせいで今度は吐かなきゃいいが。 「智志くんが食べさせてくれるなんてあまりないから」 「は?」 「すごい嬉しくてトキメキで最初は食べれなかったよ」  こいつの思うトキメキとはなんなんだ。俺が食わす態度にときめいたって事なのか……んー、重症。  そこでピピピッと電子音が部屋に響く。まだ寝転んでいない王司は素直に体温計を取って俺に見せてくれた。  39.8度。  上がってるとか、なんなの。 「さとしくん、寝るからここで寝てくれないかい?」  そう言って俺の手を握りながらベッドの端に寄る王司。  きっと空いたスペースは俺が寝れるような場所だろう。  でもバカか。寝るわけがない。  これはもう今から病院に行かせるレベルだ。  なんて思っていたのに王司の力はあまりにも強くて、つい引っ張られてしまった。  俺が油断していたのもあるが、なんだか気にくわない。 「はぁ……雅也、この後さらにツラくなるのはお前だぞ?つーかマジで俺に移ったらどうすんだよ」 「その時はまた俺が看病してあげるから。ずっとここにいてほしい」  もぞもぞとご丁寧に熱のある相手から掛け布団をかけさせられて完全に寝る格好だ。ぎゅっと横から抱き締められる。  溜め息は吐いてみても王司の都合の良い耳には聞こえてないのか、俺の首元に顔を埋めてきた。ガッチリ腕で締められてるな……逃げるつもりはないが、ここまでされると逆に抜け出したくなるぞ。  押すなと言われたボタンが目の前にあった場合、押したくなる気持ちと同じだ。 「息も少し荒いし、苦しいんだろ」 「んー……」  こっちもこっちで諦めて、もう移されてもいいやと自棄で王司の頭を撫でながら、体験したこともない40度近くの熱におかされている姿を目にうつす。  薬、はやく効くといいな。  起きたら作ってあるゼリーでも食べさせよう。 「……さとしくんの精液飲みたい」  良い気分のまま終わると思いきや、ちゅっ、と首筋にキスされた。  ついでに舐められてる。――なんだ、こいつ。 「チッ、腹壊せ」 「あぅッ……!」  ダメだこいつ。風邪でも王司 雅也は王司 雅也なんだ。  病人相手に優しい俺も尽くそうとしてる俺も、今殴った俺は絶対に悪くないはずだ。 【苦いものならなんでも治る気がする*END】  

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