「……なんだよ、それ……」 　逞しい胸に顔を埋めたまま、アンジュは呟くように、一言だけ声を零した。 　──じゃあ、なんで一緒に家を出たんだよ。なんでオレを連れて逃げたんだよ。ずっと一緒にいてくれるつもりじゃなかったのかよ……。 　だけど、頭の中で渦巻く色んな想いは、上手く纏まらなくて言葉には出来ない。 　アンジュは、それ以上何も言えなくて、ただただ、アンバーの身体に回した腕に力を込めて、キツく抱きしめた。 「……アンジュ、ごめん……」 「馬鹿……謝って済むかよ。ちゃんと理由を言え」 　──アンバーの身体だって、こんなに熱いのに。 　それを我慢してまで、なんでこれ以上は駄目だと言うのか。 　好きだと言うくせに、なぜ番にはなれないなんて言うのか──アンジュには全く理解できない。 　暫く何かを考えるように目を閉じていたアンバーは、「……それは……」と、言いにくそうに口を開いた。 　苦しそうな溜め息が、頭の上から静かに落ちてくる。 「これは……原因ははっきりと分からないんだけど……。ウェアウルフと番った人間のΩは、何故か短命だというデータがあるんだ」 　──え？ 　アンジュは顔を上げ、アンバーと視線を合わせた。 「どういう事？」 「何故かは分からない。だけど本当なんだ。僕の母は僕を産んで直ぐに亡くなったし、兄さんの母親は兄さんが１０歳の時に亡くなった。そして二人共、人間のΩだったんだよ」 　アンジュは思わず、フッと苦笑いを浮かべてしまう。 「そんなの……」 　と、アンジュが言いかけた言葉を、アンバーが先回りするように口にした。 「──偶然じゃないよ」 　アンバーの瞳は真剣だ。彼が冗談でこんなことを言ったりしないという事を、アンジュは充分に理解している。 　だけど、にわかに信じる事はできない。 「父の番は、僕達二人の母親だけじゃない。他に姉が３人いて、それぞれ母親が違うんだ。だけど僕はその母親達と会った事がない」 「みんな亡くなってしまったと言うのか？」 　アンバーは小さく頷いた。 「僕が物心ついた時には、誰も残っていなかった」 　ティカアニの家に、母親らしき人を見かけなかった理由を、アンジュはこの時初めて知った。 「僕は、アンジュ……君を失いたくないんだ。だから……」 　アンバーの言葉は、途中で途切れた。 　アンジュに頭を力強く引き寄せられて、唇を塞がれたからだ。 　──それ以上は、言わせない。 　そう言わんばかりにアンジュは、鋭い犬歯に擦れて傷つくのも構わずに、舌を伸ばしアンバーの咥内へと侵入させた。