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第7話
掴まれた手をそのままシーツに縫い留められる。
その時アンジュは、アンバーが、手だけではなく、全身が強張り震えている事に気が付いた。
押さえつけてくる手の爪が鋭く伸び、腕周りの筋肉が一回り大きくなった。それと同時に、身体を覆う獣毛がさっきよりもふさふさと増えていく。
アンバーは喉の奥で何かを我慢するように、ぐるる……と呻きながらアンジュを見下ろした。
さっきまで人間の面差しを残していた顔も漆黒の毛で覆われて、口吻が伸び形を変えていく。
琥珀色の瞳に月の光が反射して、金色に光り煌いた。
──それは、まさに野生の獣の眼。
ウェアウルフの変化に、まさか段階があるとは思っていなかったアンジュは、目を瞠る。
ティカアニの家でイアンが変化した時も、ここまでの状態ではなかったからだ。
今のアンバーは、完全な狼の頭に人の身体。そして全身は艶のある漆黒の毛皮を纏っている。
「こんな姿を見せたくなかった……」
そう言って、アンバーは鼻先をアンジュの首筋にすり寄せる。
すんすんと匂いを嗅ぎ、またぐるる……と喉の奥を鳴らし、「アンジュの匂いがまた濃いくなった」と呟いた。
はっはっと、首筋にかかるアンバーの荒い呼気は、火傷しそうなくらいに熱い。
「アンバー……」
その熱に煽られてアンジュの体内の熱も、更に上がる。
アンバーはアンジュの首筋に鼻先を寄せたまま、長くて幅広い舌で肌を舐め上げた。
「あっ……んっ、まっ……」
アンジュは堪らずに、甘ったるい声を上げる。
今までよりも、ずっとずっと熱い。触れたところから蕩けてしまいそうに熱い。
「アンジュ、先に言っておくけど……」
アンバーはそう言って、アンジュと視線を合わせた。
「なんだよ?」
「愛してる」
「オレも……」と、アンジュが返そうとした言葉を遮るように、アンバーはアンジュの唇をその長い舌でペロンと舐め上げる。
「でも君は、きっと僕を嫌いになる」
「なんで?!」
「僕は、きっとアンジュを傷つけてしまう。きっと君が壊れるまで抱いてしまう。この姿になった僕は、もう僕じゃなくなってしまう。アンジュがもう嫌だと言っても、止められなくなってしまう」
狼の顔をしていても、その表情は確かにアンバーなのに。と、アンジュは思う。
見上げると、アンバーの薄く開いた口吻から熱い唾液が滴り、アンジュの頬を濡らした。
──『満月の夜は、子孫を残すという本能だけでセックスをする生き物なんだ』
さっき聞いた、アンバーの言葉がアンジュの胸に蘇る。
そうだ。アンバーはこの状態になることを避けようとしていたのに、煽ったのは自分だ。
ただただ、もっと欲しくて、足りなくて。ただそれだけの為にアンバーの気持ちも考えずに利用しようとしたのだ。
それは、父が言ったように、自分が卑しいΩ性だからだ。
アンバーが獣なら、自分も同じ獣だなと、アンジュは思う。
こんな自分でも、アンバーの為に出来ることが一つだけある。
「──いいよ。お前になら壊されても」
抱かれて壊れても、それで好きな人の子供を孕めるのなら。──こんな幸せは他にない。
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