8 / 78

第8話

 アンジュの唇にアンバーが口吻を寄せる。  濡れた鼻先が唇に触れ、こじ開けるように押し付けられて、アンジュは唇を開いた。  長い舌で、アンジュの舌を絡めとり、狼の鋭い牙で甘噛みされる。 「……う、っ、……ん、ふっ……」  咥内の隅々に熱い舌が這い、擦り付けられる。まるで、アンバーの匂いを植え付けるように。  獣の荒い息が、咥内をもっと熱くして、お互いの唾液が混じり合う。  ──気持ちいい。  キスしているだけなのに、気持ちいい。  身体中がもっと熱くなり、もっとアンバーが欲しくなる。  咥内から出ていった舌は、今度は首筋から胸元へと下りていく。  厚みがなくて幅の広い長い舌は柔らかくて、たぶん人間の舌よりも温度が高い。  アンバーは、アンジュの火照る肌に鼻先を擦り付けては、その熱い舌で舐め上げた。 「あ……っ」  その舌が胸の頂に触れただけで、アンジュは思わず腰を浮かせてしまう。 「あ……っ、んぁ……アンバー」  自分でもびっくりするくらいの甘い声が出てしまう。  恥ずかしいけど気持ちよくて、アンジュは自分からアンバーの舌に擦り付けるように、胸を突き出していた。  硬く尖らせた舌先で転がしたり、幅広の舌全体を使って舐められたり、時々牙が柔らかく当たる。  ──この姿になった僕は、もう僕じゃなくなってしまう。  さっきは、そう言っていたけれど。  アンバーは、これ以上ないくらいに優しく触れてくれている。  その証拠に、鋭く伸びた狼の爪を丸めて、アンジュの肌を傷つけないように気遣ってくれている。  こうして他人に身体を触れられるのは、アンバーで二人目だ。  一人目は、10歳の時から預けられた施設の院長だった。  でもあの時とは全然違う。  院長にされる行為で、一番嫌いなのはキスだった。  分厚い舌で咥内を犯されて、身体を舐められて。  ──気持ち悪い。最初にそう思った。  気持ち悪いのに、段々と感じるようになってしまった自分がもの凄く嫌だった。  近い将来に発情期がきたら、自分がどんな風になってしまうのか、想像するだけで死にたくなった。  だけど、アンバーの愛撫はこんなに優しい。大切にしてくれる気持ちが嬉しい。  求められて、自分も相手を求めるのが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。  初めての発情期にアンバーにめぐり合えたことで、長い間胸の奥で抱えていた傷が癒えるような気さえする。  ──『卑しいΩ性からは逃れられない』  父に言われたあの言葉も、消えていく。  アンバーに逢わなければ、こんな風にはきっと思えなかっただろう。

ともだちにシェアしよう!