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第20話

 アンバーが出て行ってしまうと、部屋の中がやけに静かになった気がして、アンジュは布団の中で膝を抱えて小さく丸まっていた。 「早く帰ってこいよな……」  出て行ったばかりなのに。  たった今、同じ言葉を口にしたばかりなのに。  父親に引き取られてからも、施設に預けられてからも、周りに味方なんかいなくて、ずっと孤独だった。だけど、独りでいる方が気楽だったはずなのに。  出逢ってから、そんなに経っていないのに、いつの間にか隣にいるのが当たり前で、番になった今は、少しの時間でさえ離れがたい。  でも、  ──これから、どうなるんだろう。  何処へ行くんだろう。  アンジュが、ティカアニの家から出て行くのは、当然だったけれど、こんな風に成りゆきで、アンバーをあの家と縁を切らせる事になってしまって良かったのだろうか。  あと半年で高校を卒業して、その後は進学する予定だったはずだ。  勢いで出てきてしまった事に、アンバーは後で後悔したりしないだろうか。  アンジュは、身体を伸ばし仰向けになると、自分の腹をそっと撫でてみる。  もしかしたら、ここに……。小さな生命が宿ったかもしれない。  金もない。家も無い。まだ10代の二人が、小さな子供を抱えて生活できるのだろうか。  施設を出てから、仕事を探すのには苦労した。Ω性のアンジュには、男娼として身を売る事くらいしか道は無かった。  でも、もう独りではない今は、そんな仕事はしたくない。  ──『やっぱりΩの娼婦の子供は、同じように卑しい性から逃れられないのだな。お前も母と同じように、その身体を売って生きていくしかない』  実の父親に言われた言葉は、今でも時折思い出しては、アンジュの心を苛んでいる。  本当に子供が生まれてくるのなら、自分と同じ思いはさせたくない。  そうなると、アンバー一人に寄りかかって、負担をかけてしまう。  アンジュは、重く長い溜息を吐いた。  アンバーは、アンジュをあの家から連れ出して、一緒に逃げてくれた。  けれど、アンバーの約束された未来を壊したのは自分だという考えに、押し潰されそうになる。  考えても分からない。 「シャワーでも浴びるか……」  独りで考えても、どうしたらいいのか分からなくて、不安ばかりが募ってくる。  身体がさっぱりしたら、少しは良い考えが浮かぶかもしれない。  ──一緒にシャワーしよう。  不意にアンバーの言葉が脳裏に蘇って、アンジュは思わず口元を綻ばせた。 「やだね、そんな恥ずかしいこと……」  独り言ちながら、もう一度、立ち上がろうと、試みる。  床に足を降ろし、ベッドヘッドに手を掛けて、身体を支えながらゆっくりと、腰を上げる。 「……っ」  全身の骨や筋肉が軋む。歩くと股関節に痛みが走った。  だけど、まだ体内が熱くて蕩けている。初めて暴かれた細い道が形を覚えていて、まだ中にアンバーが横たわっているような感覚がする。  それが、痛みを苦痛に感じるよりも遥かに勝っていて、初めて誰かに愛されたという幸福に胸がじわりと熱くなった。  その時、部屋のドアをノックする音がして、アンジュは一瞬動きを止めた。  そう言えば、さっき車の音がしたような気がする。  ──帰ってきた?  随分早かったな……と思いながら、アンジュは床に落ちているシャツを拾い、袖に腕を通しながら覚束ない足でドアへと近づいていく。 「お前、鍵持ってるだろ?」  ──自分で開けろよな……と、言葉を続けながらドアを開ける。 (──しまった!)  その瞬間、アンジュは無防備にドアを開けた事を後悔した。  そこに立っていたのは、アンバーではなく、知らない男。だけど、なんとなく見覚えのある顔だ。 「よぉ、久しぶりだな」

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