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第23話
──アンバーは、戻って来ない。
もう逢えないのだ。
そう考えると絶望に目の前が真っ黒に染まる。
アンバーに愛されて幸せだった時間も、この先の未来をあれこれ心配して悩んでいた事も。
全部、真っ黒な闇に覆い隠されていく。
男の胸を押し返そうと突っ張っていた手から力が失われ、パタ……と小さな音を立ててシーツに落ちた。
「観念したようだな……」
嘲笑う声が落ちてくる。
顎を掴まれて、アンジュが虚ろな目で男を見上げた瞬間、唇を塞がれた。
いやな匂い。
気持ち悪い感覚。
──あぁ、この感覚は知ってる。
施設に居た頃、毎晩のように感じていた不快感。
──キスは、その不快な行為の始まりの合図だった。
男の舌が、無遠慮に唇を割り挿ってくる。呆然として、抵抗を見せないアンジュの舌を絡めとり、咥内で好き勝手に蠢いた。
院長との嫌な過去をアンバーが消してくれたのに。煙草の苦い味と男の匂いで、また上書きされていく。
──気持ち悪い。
さっきまで熱かった身体が、急激に冷えていく。それなのに、冷たい汗が滲み出た。
咥内を荒らされながら、脚を開かされ、太くてゴツゴツした男の指が尻の割れ目をなぞり、体の中に挿し入れられる。
番以外の男に抱かれても感じないし、濡れない。だけど、アンバーの残した種が、中で掻き混ぜられて泡立つ音を響かせた。
「……ぃ、や……」
──嫌だ。
頭が痛い。
視界に映る男の顔も、その後ろに見える天井も、くしゃりと歪んで渦を巻く。
急激な眩暈に襲われて、目を開けていられない。
アンジュはぎゅっと瞼を閉じた。
まるで不快感から逃げるように、意識も朦朧としてきて、深い闇の中へ堕ちていく。
ただ、身体の中で蠢く男の指の感触だけが、はっきりと伝わってくる。
そこは、愛しい男を受け入れた場所。なのに、アンバーのじゃない指が内壁を擦り上げ、奥を暴いていく。
──嫌だ。
気持ち悪い。
寒くて、身体の震えが止まらないのに、汗が噴き出て肌を冷たく濡らす。
気持ち悪い!
吐き気が込み上げてくる。
────こんなの、許せない。
「────ッ、なにしやがる!」
男が、飛び跳ねるようにして、身を起こした。
その唇の端からは、赤い鮮血が一筋零れ、男の顎を伝う。
アンジュの口の中には、鉄の味が広がっていた。
咥内を好きに荒らしていた男の舌を、アンジュが思い切り噛んだのだ。
たとえ、二度とアンバーに逢えなくても、こんな男にアンバーの残した匂いも跡も消されたくない。
ずっと、覚えていたい。
忘れたくない。
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