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第24話

 男の舌を噛みちぎってやるつもりだった。だけど、込み上げてくる吐き気に、そこまでする事は叶わなかった。  身体を捩り、這うようにしてベッドの端まで辿り着いた途端、アンジュはさっき食べたばかりの、ごく少量のパンをもどしてしまう。 「はん……拒絶反応か……。すげえ痛かったけど、俺は優しいから許してやるよ」  髪を掴まれて、ベッドの中央まで引きずり戻される。 「人間のΩは、番以外と交尾すると、身体が拒絶反応を起こすんだよな」  華奢な身体に馬乗りになり、そう言いながら、男はアンジュを見下ろした。  そして、アンジュから視線を外さずに、ドアの前に立っている男の一人に声をかける。 「おい、あれ持ってきてくれよ」  ──“あれ”って何だ……。  そう思ったけれど、頭の深部を突き刺すような痛みに意識が朦朧としてきて、それ以上、何も考えられなくなっていく。 「拒絶反応は辛いだろ? でも安心しろ。俺はラクになる方法を知ってる。お前だって気持ちいい方がいいだろ?」  ──俺は優しいからな……。  と、続けながら、男は何かを受け取っている。  白い粉を溶かした溶液を注射器で吸い上げていくのを、アンジュはぼんやりと見つめていた。  淡い青の瞳からは、光が失われていく。  男は、そんなアンジュを見下ろして、喉の奥を鳴らして満足気に嗤う。 「これをな、静脈に入れると、吐き気も寒気も治まって、拒絶反応もラクになって落ち着いた気分になれるんだ。いいだろ?」  男がシャツの袖をめくり上げ、アンジュの細い腕を取る。  注射器の細い針から一滴、宙に飛ぶのが見えた。  この辛い状態が、ラクになる? 鎮痛剤か何かだろうか。でも、この状態が治るのなら……。  人間は弱い。少しでも痛みや苦しみから逃れたくて、それを和らげてくれるのなら、縋りたくなってしまう。  今のアンジュの心境も、まさにそれだった。  眩暈のせいで、目を開けていられない。  重い瞼を閉じると、暗闇しか見えなかった。  ──だけど……、それで拒絶反応がなくなったら?   どこかで、自分の声が聞こえてくるような気がした。  このまま、この男に好きなように抱かれてしまうのか。  アンバー以外の男の手垢にまみれ、違う感覚を身体に教え込まれるのか。  こんな奴の欲望を、腹の奥深いところまで捻じ込まれ、種付けされるのか。  その声は、アンジュに問いかけてくる。

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