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第31話

 壁際まで追い詰められた男は、背中を壁に付けたまま、ズルズルとしゃがみ込み、両手を上げる。 「わ、分かった、悪かった。だから撃つな」 「今更だ」  男の言葉は、アンジュには届かない。  銃口は、目の前で手を上げる男の心臓を狙っている。  だけど、震えがまだ止まらない。もっと近くで、こいつの胸に直接銃口を押し付けて、確実に殺らなければ……。 「ひぃっ!」  アンジュの本気が伝わり、男は悲鳴を上げ、頭を抱えて床に蹲る。 「アンジュ……」  不意に、背後から伸びてきたアンバーの両手に、グリップを握る手を包み込まれた。 「撃っちゃ駄目だ」 「っ……でも」 「大丈夫だから……」  言い聞かせるような、落ち着いた声。  背中に感じる温もり。  いつもの、優しく穏やかなアンバーに戻っている。  グリップを握ったまま、固まったように動かないアンジュの指を、アンバーの指が一本一本剥がしていく。 「なんだよ。やっぱり震えてんじゃねぇか」 「勝手に動くな」  安堵の息を漏らしながら立ち上がった男に、今度はアンバーが、手にした銃を向けた。 「おいおい、冗談やめろよ。卑怯だぞ、アーロン」 「手を頭の後ろで組め」 「なぁ……」 「早く。冗談でこんな事やると思うか? 俺はお前がアンジュにした事を絶対に許さない」  アンバーの声は、落ち着いていて冷静だ。けれど、その裏に隠している燃えるような怒りを、男は感じたのだろう。 「分かったよ……」  諦めたように言葉を零して溜め息を吐き、言われた通りに両手を頭の後ろで組んだ。 「よし。そのままゆっくりドアの方へ歩け。そして、外で伸びてる二人を連れてダウンタウンに帰るんだ。そして、もう二度と、俺達の前に姿を見せるな」 「ちっ……この犬野郎が……」  男が吐き捨てるように言った言葉も、アンバーは相手にしない。グイッと男の背中に銃口を押し付けて、出口へ歩くように促す。  しかし、アンバーがドアのレバーハンドルに手を伸ばすと、それよりも早く外から扉が開かれた。  突然の事にアンバーは、一瞬固まるように動きを止めた。  そして、外に立っていた人物が、恭しく腰を折る。   「……アーロン様。その男は私が連れて帰ります」  アンバーは、その男の顔を見上げ、苦い笑いをその表情に浮かべた。 「……マシュー……やっぱり来たのか……」

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