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第35話

「そこから連れ出されたのですから、アンジュ様を守っていかなければいけません。アーロン様にはその責任があるのですよ」 「……う」  マシューの言っている事は間違っていない。  アンバーは言い返す事が出来ずに項垂れてしまう。  そんなアンバーに、マシューは更に言葉を続ける。。 「アーロン様、仕事を持たない十代の二人が生きていけるほど、世間は甘くありません。現にここに来るまでに貴方はクレジットカードをお使いになりましたでしょう?」  マシューの言う通りだった。  ここに来るまでに、車のガソリンを入れ、そしてさっき食べたパンを買った。このモーテルの支払いもそうだ。 「それでこの場所が知れて、レスター様は私にトレイターと共にアーロン様を迎えにいけと言われたのです」 「……父さんが……」  アンバーは、はっとした表情で、マシューを見上げた。  頭のどこかで、これくらいは父も許してくれるだろうと、自分を甘やかしていたのかもしれない。  まだ高校も卒業していない子供が、誰の手も借りずに生きていくのは難しい。だけど夢中で家を飛び出して、今の今まで、この先の事を深く考えていなかった。  しかも、自分一人ではない。アンジュがいるのだ。守っていかねばならない人がいるのだ。  なんとかなる……なんて甘い考えでは生きてはいけない。  ──それでも…… 「……だけど、マンテーニャとの繋がりが切れない限り、僕はあの家には帰らない。今は何もできない子供かもしれないけれど、アンジュの為なら何でもできる自信があるし、覚悟もしてる」  必死に訴えてくるアンバーに、マシューは思わず、ふっと厳しい表情を緩め、愛おしそうに微笑んだ。 「アンジュ様の為に何でもできるのなら、まずはこのお金を受け取ってください」 「でも────」  それでもまだアンバーは躊躇していた。誰の手も借りずに生きていかなければ意味がないと思っていたから。 「イアン様は、貴方には自由に生きてほしいと仰っていましたよ。だからこそ、こうしてレスター様に逆らってでも、貴方を影から支えようとされているのです」 「……兄さんが? そんな事を……」  思わず、胸の奥に熱いものが込み上げてきて、言葉が詰まる。 「はい。だから今は、このお金で生活の基盤を整える事だけをお考えください。どうしても……と仰るのなら、仕事を見つけてからでも少しずつ返していけばよいと思います」 「ティカアニの家を裏切った僕を、兄さんは許してくれているのだろうか……」 「もちろんです。そして、いつかご自分が長になったその時には、ウェアウルフの古い風習を変えてみせるとも仰っておられました。だから今は家と縁を切る形になっていても、きっと近い将来には兄弟で手を携えていく時が、またくるでしょう」 「その事は、父も知っているの?」 「いいえ。レスター様には秘密です。なので、私と、この話を聞いたアーロン様だけが、イアン様の共犯者です」

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