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第38話
「……でも、そんなに上手くいくとは限りませんよ。他へ行く選択は……」
そこまで言って、マシューは言葉を途切らせた。
他の街も、イーストシストと似たりよったりだ。治安が悪く、10代の二人には危険な誘惑も多いかもしれない。
この国は、どこに行っても大きなマフィア組織が街を牛耳っている。Ω性であるアンジュの安全を考えれば、できるだけ田舎の方が良い。
その点、ノースシストは街の中心部は賑わっているが、少し離れればのどかな田園風景が広がり、雄大な山や森に囲まれている。
まことしやかに伝えられている“ 狼狩り”の噂さえなければ、のんびり暮らすには良い場所かもしれなかった。
「住む場所が決まったら、必ず連絡をしてくださいますか?」
「必ず連絡する。マシューには定期的に手紙を出すよ」
「何かあったら、すぐに電話をしてください。使用人達にはアーロン様からの連絡は、全て私に回すように徹底させますから」
「分かった、そうするよ」
マシューはまだ後ろ髪を引かれるような表情を浮かべていたが、『大丈夫だから早く行け』と、アンバーに命じられ、部屋を後にした。
まだ、トレイターをマンテーニャに引き渡さなければならないという仕事が残っている。
もうじきに日も暮れてくる。急がなければ、イーストシストに着くのが夜中になってしまうだろう。
窓の外の車が二台、モーテルの駐車場から出ていくのを確認して、アンバーはベッドに横になっているアンジュの元へと歩み寄っていく。
「アンジュ、動ける? 浴槽に湯を溜めたから入ろう」
「……ん」
アンバーに肩を貸してもらいながら、よろよろとした足取りでアンジュは浴室へ向かった。
狭い浴室内へ、アンジュを先に入らせて、アンバーは入口で立ち止まる。
さっきは、一緒に入ると宣言したが、自分がいたらゆっくり体を休ませる事ができないのではないかと、躊躇したのだ。
そんなアンバーに気づかずに、アンジュは入口に背を向けたまま羽織っていただけのシャツを脱いで、するりと床に落とした。
「…………」
その姿に、アンバーは思わず息を呑む。
白く華奢な背中の肩甲骨辺りに、トレイターに投げ飛ばされた時に床で強打したからなのか、青く大きな痣ができていた。
よく見ると、こじんまりと形の良い双丘にも、すらりと伸びた細い脚にも、擦り傷や痣が痛々しくアンバーの目に映る。
そして、自分が付けた情事の跡が、まるで赤い花びらのように体中に散らばり、永遠に消えない噛み痕が、美しいプラチナブロンドの髪の隙間からちらりと見えた。
こんな時なのに、こんな状態なのに、傷ついた身体を気遣ってやらなければと思うのに……。
言葉にすることのできない官能が、アンバーの身体に熱い炎を灯し始めていた。
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