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第39話

   ────何を考えているんだ、こんな時に。  自分の意思に関係なく、どくどくと勝手に脈打つ身体の熱を振り切ろうと、アンバーは何度も首を横に振る。  その時だった。浴槽に入ろうとしていたアンジュは、足元がふらついて、大きくバランスを崩しかけた。 「あぶないっ」  アンバーが咄嗟に手を伸ばし、傾いていく華奢な身体を背中から抱きとめた。 「……っ」  腕の仲にすっぽりと入ってしまったアンジュの身体は、力が抜けているせいか、ずしりと重い。 「ごめん、足が滑った」  ぽつりと呟いた声も、いつもの覇気がなく、弱々しい。 「大丈夫?」 「うん」  アンジュは、アンバーに支えられながら、浴槽に足を浸け、ゆっくりと腰を下ろした。 「……っ、……」 「傷、染みる?」 「少しだけ……でも、入ってしまえば大丈夫みたい」 「そっか、良かった。じゃ、じゃぁ、僕は部屋で待ってるから、ゆっくり温まって。何か手伝える事があったら呼んでくれたらいいから」  そう言って立ち去ろうとするアンバーの手を、アンジュの手が掴み、引き止めた。 「どうしたの?」  振り向くと、淡い青の瞳が心細げに見上げてくる。 「……一緒に入らないのか?」 「え、いや……だって、狭いし。僕がいるとゆっくりできないでしょう?」 「さっきは、一緒にシャワーしようって、お前が言ったんじゃないか」 「……いや、でも……」 「いいから、入れよ」  アンジュは、掴んだ手をぐいっと引っ張った。  そんなに強い力ではない。  それなのに、アンバーの身体は、は呆気なく前のめりに前へと倒れていく。 「……あっ」  濡れた床に足を取られ、それは一瞬の出来事だったのに、アンバーの目にはスローモーションで、浴槽の湯が近づいてくるように見えた。  派手な音と共に飛沫が上がる。  両脚は床に残し、腰を折り曲げるようにして、上半身だけが浴槽の中に頭から突っ込んでしまった。 「……大丈夫?」 「…………」 「……アンバー?」  呼びかけてみても、アンバーはぴくりとも動かずに、頭を湯の中に沈めたままだ。その頭は、ちょうどアンジュが伸ばした両脚の間にすっぽりと嵌まってしまっている。 「おい、大丈夫かって……っ」  もしかして、浴槽の縁にでも頭を打ったのかもしれない。  心配になって、アンジュが手を伸ばしたその瞬間、ザバッと大きな音を立たせながら、アンバーが勢いよく顔を上げた。 「ぷはーっ! 死ぬかと思った」  しとどに濡れた前髪をかき上げながら、アンバーはアンジュに視線を送り、満面の笑みを見せた。  漆黒の髪から雫が滴り落ち、濡れたシャツが肌に張り付いて、逞しい胸や腹筋が透けて見える。その姿が妙に色っぽく感じて、アンジュの心臓がどくどくと大きく鼓動を打ち始めた。 「……ば、馬鹿! 頭でも打ったのかって、心配しただろう?」  アンジュは咄嗟に視線を外し、顔を背けながらそう言った。  アンバーの身体から漂う、かぐわしい匂いが強くなり、アンジュの鼻腔を擽った。  さっきまで冷えていたはずの身体が、急激に熱く火照っていく。  ────この感覚を、もうアンジュは何なのか知っている。

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