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第40話

「ごめん……怒った?」  アンジュの様子に、アンバーはまるで叱られた子供のように、しゅんとした声を出す。 「別に……怒ってないけど……」  そう言いながらも、アンジュはそっぽを向いてしまったままだ。 「ホントにごめん。アンジュを元気付けたかったんだ。でも……こんな時に悪ふざけすぎだよね?」  まるで壊れ物を扱うように、その顎にそっと手を添えこちらを向かせると、アンジュの淡い青の瞳が、涙で潤んで揺れていた。 「……ごめん」  アンバーがもう一度謝ったのは、悪ふざけの事だけではなかった。  トレイターに殴られた目の周りや頬が、赤く腫れあがっている。  浴槽に湯を溜めている間は、タオルに包んだ氷で冷やしていたが、きっとまだ痛みは消えていないだろう。 「……ごめん、本当に。助けるのが遅くなってしまって……」  すぐに戻れるはずだったのに、追ってくる車に気が付いて、それを撒く為に、かなりの遠回りをした。  赤く腫れた頬に、触れようとするアンバーの手をアンジュは掴んで止める。  そして、ゆっくりと浴槽の中から身を乗り出して、流れるような動作でアンバーの首に両腕で抱きついた。 「……ホント、遅すぎ。すぐ戻るって言ったくせに」  そう言って、アンジュはアンバーの首に絡めた腕に力を込めて、逞しい肩に顔を埋めた。 「……ごめん、ごめんアンジュ」  それに応えるように、アンバーはアンジュの背中に手を回し、傷ついた身体を気遣いながらそっと抱きしめる。 「もっと、強く」 「え……だって……」 「いいから……」  いくらアンジュの頼みでも、腕の中の傷ついた身体は力加減を間違うと壊れてしまいそうに儚い。アンバーは抱きしめる腕に少しだけ力を入れた。 「駄目、もっと強く」 「……アンジュ、そんなにしたら傷に障るから……」 「……気持ち、悪いんだ……あの、男の匂いがこびりついているような……気がして……だからっ……」  ────だから、もっと強く抱きしめて。  そう言おうとした言葉は、途中で途切れた。  アンジュの言う通りに、アンバーは力強くその身体を掻き抱く。息もできないくらいに強く、強く。 「……っ、う……っ、……ぅーー」  途端にアンジュの胸に熱いものが込み上げた。声にならない嗚咽が、アンバーの肩に顔を埋めているアンジュの唇から漏れる。  アンバーの首に必死にしがみつく細い腕が、華奢な肩が、全身が、震えている。 「アンジュ……、アンジュ」  トレイターが憎い。と、アンバーは心底思った。生まれてから18年、アンバーはこんなに人を憎んだのは初めてだった。  ────でも、それ以上に。  ……アンジュを助ける事ができなかった自分の不甲斐なさに腹が立つ。  マシューの追跡を振り切り、戻ってみれば、駐車場でトレイターの部下二人に行く手を阻まれた。  嫌な予感が急速に高まり、相手を殺すほどの勢いで倒して、この部屋に入った時に目にした光景が頭に過る。 「アンジュ、あの男に何をされたのか、全部教えて」

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