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第41話

 あの時アンジュは、着ていたシャツで後ろ手に拘束され、うつぶせの状態で腰を高く上げさせられていた。  そして、トレイターはその細い腰を掴み、自分のモノを擦り付け、今にもアンジュの狭い身体の中へ押し入ろうとしていたのだ。  ──思い出しただけで、気が狂いそうだ。と、アンバーは唇を噛みしめた。 「項を……舐められた」  アンバーの肩に顔を埋めたまま、アンジュはくぐもった声で応えた。  トレイターには、項だけでなく他も触られた。でも、項を一番にアンバーに伝えたのは、そこを穢されたことが、アンジュにとっては最もショックな事だったから。 「……っ」  アンバーの指がそっと項の噛み痕に触れる。  それだけで、全身が甘く痺れて、アンジュは細い吐息を吐いた。  それから、アンバーは項にかかる細いプラチナの髪を掻き分けて、唇を寄せた。  熱い舌を這わせ、唾液をそこに擦り付け、鋭い犬歯で甘噛んで、血の滲む噛み痕を音を立たせて吸い上げる。  そうして何度も、何度も、男の匂いが消えるまで繰り返す。 「……あっ、ん……ん」  そうするうちに、アンジュの身体が桜色に染まっていく。冷えていた身体はすっかり熱を帯びていて、震えも止まっていた。  アンジュの項の辺りから、甘い花の匂いが溢れ出し、狭い浴室に立ち込める。  それは、アンバーの情欲を誘い、それに反応した彼の身体から漂う匂いに、アンジュもまた煽られていく。 「他は? 何された?」  火傷しそうなくらいに熱いアンバーの息が、アンジュの項にかかる。 「……キス……された」  そう伝えるだけで、アンジュの瞳からまた涙が溢れ出した。  あの男を早く忘れたい。まだ身体にこびりついているあの男の匂いを、全部アンバーの匂いで上書きしてもらいたい。  顔を上げさせられて、アンバーの手がそっと頬を包む。  琥珀色の瞳と視線が絡んだその瞬間に、噛みつくように唇が重ねられた。 「ん、……っ、ぅ、……っ」  それは、荒々しく激しい。怒りと、やり切れない想いをぶつけるようなキスだった。  長い舌が咥内で暴れ、アンジュの舌を引きずり出して吸い上げる。そしてまた、喉を突くくらいに奥深く戻ってきて、熱い唾液が送り込まれた。  呼吸をする暇もないほどに、全部奪われる。  一気に燃え上がった猛火に、魂が揺さぶられる。  キスをしているだけなのに、全身が狂おしい熱に戦慄いた。  ──もっと、もっと、全部奪ってほしい。お前のものにしてほしい。  そう願いながらアンジュは、アンバーに必死にしがみ付き、その激情を受け止めた。

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