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第42話
夢中でアンジュの唇を貪っている間に、いつの間にかアンバーも浴槽の中に足を踏み入れていた。
ズボンの膝から下が、湯に濡れるのも構わずに。
さっき、上半身が湯の中に浸かってしまったから、アンバーは頭から足まで全身ずぶ濡れだった。
最初は浴槽の中で座っていたアンジュも、今は立ち上がった状態で、お互いの身体を抱きしめ合い、角度を変えてはまた唇を重ねる。
二人の立ち位置が変わる度に、浴槽の中で湯が激しく跳ねて、音を立てながら床へと飛び散っていった。
漸く唇が離れると、お互いの口から吐き出される荒い息遣いと、ふらつく足元で揺れる湯の水音だけが浴室に響く。
アンバーはアンジュの頬を濡らした涙の跡に唇を寄せる。
赤く腫れた頬には、かすり傷もできていて、涙が流れた部分がひりひりと染みる。それなのに、また大粒の涙が後から後からポロポロと、淡い水色の瞳から零れ落ちていく。
アンバーは、その涙を吸い上げて、傷付いた頬を舌で何度も舐め上げる。
すごく熱くて、ひりひりするのに、痛みが不思議と和らいでいく。それが心地良くて、アンジュは瞼を閉じて、アンバーの好きなようにさせていた。
「他は……?」
低い声の短い問いに、薄く目を開けると、至近距離で見つめる琥珀色の瞳が金色にきらりと揺れる。
「……他は……」
思い出すとまた嫌悪感が蘇ってくる。
俯きそうになった顔をアンバーの大きな手で固定されて止められる。
「全部言って、アンジュ。何をされたのか、どこをどんな風に触られたのか」
トレイターには、揉み合っているうちに、たぶん全身を触られたのだと思う。こんなにアンバーの匂いが立ち込めているのに、身体のどこからかトレイターを思わせる嫌な臭いがまだ残っていた。
「……背後から腕を回されて、背中に張り付くアイツの体温が気持ち悪くて……」
「うん……それから?」
「……全部、言わないと駄目?」
「うん。全部言って」
意思の強い眼差しを向けられて、アンジュは、ふっと視線を下へと向けた。
激しいキスで、熱く滾ったアンジュの半身が、お互いの身体の間でしっかりと上を向き、先端から蜜を零して、すでにしとどに濡れていた。
「ここを……どうされたの?」
「……っ、そんなの……っ」
アンバーに言われても、それ以上の事を、簡単には口にできなかった。
自分の身体を蹂躙された事を、あの地獄のような時間を思い出すのも嫌なのに、事細かく全部を言えるはずもなかった。
アンバーの身体で、男の匂いを消してほしい。
そう思いながらも、やはりアンバーには言いにくい。
好きだからこそ、言えない。
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