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第51話
──北緯66度33分、またはそれ以上の北。太陽が終日沈まない日と現れない日がある、植物限界の不毛の地に、白い狼が生息している。
その昔、元々すべての野生の狼の毛は、白い色をしていた。
身体を覆う長めの毛は、混じりけがなく真っ白く。
群れの頂点である白狼の王は、その中でも一際輝くような白の毛皮を纏い、白夜の満月、極夜の新月の下、海氷の上を歩く姿は、荘厳なまでの美しさだった。
「一族の間で、昔から語り継がれてきた話の一部だよ」
「その白狼の王って、イアンみたいだな……」
アンジュは、全身が美しく光る白い毛で覆われていくイアンの姿を思い出していた。
確かに怖いと感じたのに……どこか凜としていて美しい。
まるで神の化身のようだった。
同じ白の獣毛を持っていても、トレイターとは全然違う。
きっと、イアンは特別な白狼なのだ。
「うん。僕もそう思う。小さい頃この話を聞いた時、兄さんの事だと思って疑わなかった」
そう言って、アンバーは懐かしそうに顔を綻ばせた。
「きっと、いい兄貴なんだろうな。イアンは」
「うん……」
こんなに兄を慕うアンバーを見ていると、離れ離れになった原因の一つが自分にあるという事に責任を感じてしまう。
だけど、元々の原因は、アンジュにはどうする事もできなかったのも事実だ。
そんな考えが過った時、アンジュは、ふと、マシューの言っていた言葉を思い出す。
──いつかご自分が長になったその時には、ウェアウルフの古い風習を変えてみせると仰っておられました。だから今は家と縁を切る形になっていても、きっと近い将来には兄弟で手を携えていく時がまたくるでしょう。
「本当に……古い風習がなくなって、少しでも早く、またイアンと会える日がくると良いな」
アンジュが口にした言葉に、アンバーは少し驚いたような表情を浮かべた。
「あれ? アンジュは兄さんに会いたくなった? やっぱり兄さんの方がよくなったりしてる?」
「ば、ばか! 違うってば」
トレイターのようなやつもいるけれど、ウェアウルフ達は決して人間を襲う者ばかりではない。
マフィアとの関係を裁ち、悪事に手を染めなくても、人間社会に溶け込んで安心して暮らせるようになればいいと願う。
その為にも、この先イアンが長になった時は、マシューの言う通り、弟のアンバーがその支えになって、兄弟が手を携えていくのが良いに決まってる。
そんな思いを口には出さず、アンジュはフイッと窓の外へ視線を逸らした。
「俺が好きなのは、お前だけだって、分かってるくせに……」
ぼそぼそと小さな声で言った言葉に、アンバーは思わず口元を弛めた。
「うん、分かってる」
アンバーも、アンジュと同じことを考えていた。
でも──イアンが長になるのは、まだ先のこと。
今は、生きる事を考えなくては。
長く緩やかな坂道が終わり、アンバーは速度を落とした。
車は、イーストシストの中心街へ、ゆっくりと入っていく。
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