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第52話
石畳の道路を、徐行速度でゆっくりと進む。
どうやら、ここがメインストリートのようだが、交通量は信じられないくらいに少ない。
時々荷物を積んだピックアップトラックを見かけるが、何より驚いたのは荷馬車が多い事だった。
この街の人たちは、電車やバスの代わりに、この荷馬車を移動手段に使っているらしい。
そして車道と歩道の区別が殆ど無く、端から端まで平たい石が敷き詰められた石畳だ。
その上、道幅は広くない。荷馬車に行く手を阻まれては、車のスピードを緩めて走るしかなかった。
道路の両脇には、レンガ造りの建物が軒を連ねる。
1階は個人商店で、2階から上は住居スペースになっていたり、アパートなどの造りが殆どのようだ。
「なんか……すごいレトロな感じだな」
「うん……なんだかタイムスリップしたみたいだね」
道行く人の服装は質素だ。ここはノースシストの中心街だが、だからと言って、流行りを追ったり、着飾っている人はいない。
──それにしても……と、アンジュは窓の外に目を向けながら思う。
「……なんだか俺達、すごい見られてる気がするんだけど……」
「うん、確かに……」
アンバーもアンジュに同意した。
二人が乗っている車とすれ違うと、立ち止まって振り返る人。
店先で商品を選んでいた客もその手を止めて、視線で車を追いかける。
あちこちで、こちらを指さし、ヒソヒソと話す人たち。
「たぶん……父さんに借りたこの車が、珍しくて目立ってしまってるんだろう」
商業も流通も発達しなかった閉鎖的な街は、まるで何百年も時が止まっているようで、異国の雰囲気さえ漂わせ、よそ者が入るのを拒んでいるかのようにも思えた。
「……かもね……」
「失敗したな……街に入る前に、どこかに停めてくればよかった」
「…………」
アンバーの言うことに同意しながらも、アンジュは別のことを思い出していた。
この感覚は知っている。
母と離れ離れになって、父の元に連れて行かれて、屋敷の中に自分の居場所は最初から無くて。
いつも『愛人のΩの子供』『娼婦の子供』というレッテルがつきまとう。
検査の結果、Ω性であることが分かった時の父の目を、今でもはっきりと覚えてる。
この街の人たちの視線は、今までに、他人や父から向けられた視線に似ている気がする。
これは、自分とは違う、異質なものに向けられる目だ。
「アンジュ……」
外を見つめて考えこんむアンジュの手に、アンバーの大きな手がそっと重なる。
「大丈夫だよ」
アンジュは何も言っていないのに、アンバーはそう言って微笑んだ。
たったそれだけの事なのに、何故か安心してしまう。
アンバーには、不思議な包容力がある。
──年下のくせに……と、心の中で呟いて、アンジュは薄く微笑み返した。
「……うん」
ずっと周りに味方がいなかったアンジュにとって、アンバーは初めて心を許せる相手だった。
そしてアンバーの隣は、ようやく見つけた安心して眠れる場所なのだ。
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