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第54話

 カウンター席は、確かに二つだけ空いているが、ポツンポツンと離れていた。  それをマスターが、他の客に頼んで、二人が並んで座れるように詰めてもらったのだ。 「ほら、アンジュ、席を空けてくれたよ。座ろ?」  振り返って向けられるアンバーの笑顔に、『大丈夫だよ』と、言われているような気がして、躊躇していたアンジュの気持ちが少しだけ和らいでいく。 「ありがとうございます」と、席を詰めてくれた客や、カウンターの中のマスターに礼を言い、スツールに座るアンバーに続き、アンジュもその隣に腰を下ろした。  店に入った時に向けられた居心地の悪い視線も、席についてからは感じない。皆、何事もなかったかのように、それぞれの席で食事を続けている。 「旅行ですか?」  カウンターの中から聞いてくるマスターの声に、メニューを見ていたアンバーが顔を上げた。 「はい」 「どこから?」 「イーストシストから……」 「へえ、そんな都会から?! ここは辺鄙な田舎町でびっくりしたでしょう?」 「え、いや……」  返答に詰まったアンバーを見て、マスターは口元を弛めながら、カウンターから身を乗り出し、ヒソヒソと小声で話す。 「みんな、旅行者なんて珍しくて、あんた達の事が気になるんだよ。あんなりっぱな車に乗ってるやつなんて、この街にはいないからね」  と、店の前に停めてある車を指さした。  道行く人も皆、駐車してある車に視線を向けながら歩いている。 「不躾にじろじろ見て悪かったね。みんな悪気はないんだよ」 「あ、いえ、僕たちの事なら、大丈夫ですから」  アンバーとアンジュは目を合わせて、お互いに苦笑いを浮かべた。  ──なんだ……悪気があったんじゃなかったんだ。良かった。  アンジュも今の会話で、緊張が取れたのか、身体から力が抜けていくのが自分でも分かる。 「これは、サービスね」  そう言って、マスターがカウンターの中から、オレンジジュースの入ったグラスを差し出して、二人の前に置いた。 「え、でも……いいんですか?」 「もちろん! その代わり、たくさん注文して、いっぱい食べてくれ」

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