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第58話
誰かが幸せなら、皆で祝い、分かち合い、誰かが困っていたなら、皆で助け合う。
人口も少なく、商業も流通も発達しなかった北の街で、彼らはそうやって暮らしてきたのだ。
自然に囲まれた街に住む優しい人達。
そんな話は、イーストシストまでは聞こえてこない。
ただ閉鎖的で、よそ者を受け入れない、時代に取り残された街。そんな噂ばかりだった。
この街で生まれた者は、この街から離れない。誰も新天地を求めない。
「それは、この街が好きだから……という理由もあるけど、ここを出ていくのには、それなりの勇気が必要だからね」
マスターは、そう言って苦く笑った。
小さな街だから、殆どが見知った顔なのか、店に客が入ってくると、誰かしらが声をかけ、挨拶をする。
だから、アンバーとアンジュがこの店に入った時も、皆が一斉に入口に注目したのだろう。
きっと、旅行者だから珍しいという理由だけではなかったのだ。
──この街でなら……、もしかしたら平穏に暮らせるかもしれない。
そんな期待が、二人の胸の中で膨らみはじめていた。
**
「ちょっと、トイレ行ってくるね」
「うん」
アンバーが席を立ち、アンジュはぼんやりと店内の壁に、所狭しと飾られている写真に視線を巡らせた。
その殆どが、店の常連客が写っていて、さっき二人にしてくれたように、誕生日を祝う写真や、何気なく撮られた店内のスナップ写真などだ。
どれも楽しそうで、あたたかい。
その写真の中に、風景を写したものが数枚、さりげなく貼られているのを見つけた。
きっと、この街を撮ったものだろう。美しい北の街の風景が、その小さな写真の中に切り取られている。
──あ、あの風景は見たことがある。
アンジュが一枚の風景写真に気が付いて、じっと見入っていると、マスターが声をかけてくる。
「あの写真が気になるかい?」
「あ……はい。あれって、ノースシストに入った所の坂道の上から撮ったんですか?」
「ああ、よく分かったね。そうだよ。この街全体が見渡せる位置だからね」
街も、森も、その後ろに連なる山々も、雪に覆われて白一色なのに、どこか“ 色”を感じる。
春の花々や、緑の木々や、夏の空の青さや白い雲、秋に色づく紅葉さえも、想像できる。
さっき、その実際の景色を見たばかりだからか、それとも、この写真の光の加減なのかは分からないけれど。
「綺麗ですね……綺麗な街ですね」
「ありがとう」
マスターは、満足そうに微笑んで、その写真から少し離れた壁に貼ってある、別の写真を指さした。
「あれは森の奥にある花畑だよ。あの森にはこんな綺麗な場所がたくさんあるんだよ」
そこには、美しいライトブルーに染まる花畑が写真の中に広がっていて、見た瞬間、まるで今、自分がその花々に囲まれて立っているような錯覚を覚えた。
「あの森、なんていう森ですか?」
「ああ、『ホワイトウルフ』って、言うんだけどね……」
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