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第59話

 ──ホワイトウルフ…… 「白い狼? どうしてそんな名前が……」  白い狼と言えば、すぐにイアンの姿が頭を過る。  しかし、それと同時に“ 狼狩り”という言葉も、アンジュは思い出していた。  ──何か、関係があるんだろうか。 「何か、意味があるんですか?」  詳しい話を知りたいと、頼んでみると、マスターは「うん」と頷き、話し始めた。 「何百年も前から、この土地に伝わる古い話があってね」  ──あの森で、白い狼に出会った若者の話。  氷の海を渡り、険しい山を越え、谷を越え、ノーストシストの森へ辿り着いた狼達は、最初は、道もなく、人が入ることのできない湖水地帯に棲みついていた。  だけどある日、森の奥深くまで迷い込んだ若い猟師が、その姿を見つけてしまう。   陽が落ちて、闇が満ち、夜空に浮かぶ満月が、湖の水面を青白く照らす頃、その美しい獣毛を纏った狼が、突然若者の目の前に現れた。  それまでに見たことのない、混じりけのない真っ白い狼。  威厳に満ち溢れ、気高いその姿に、若者は逃げることも忘れ、暫し茫然と立ち尽くした。  しかし、満月の光を逆光に、狼の灰青の瞳がきらりと光ると、若者ははっと我に返る。  ──殺される!    慌てて持っていたナイフを震える手で構え、威嚇するように青白い月の光を浴びている白い獣に向けた。  その時、横の茂みから別の狼が飛び出して、若者に襲いかかってきた。  ──しまった! 仲間がいたのか。  すんでのところで躱したが、若者は真っ暗な地面に転がり、ナイフは闇の中へ消えてしまった。  若者を襲った狼は、白ではなく、灰色の普通の狼だ。  グルルルルと喉を鳴らし、牙をむき、今にも飛びかかってきそうだが、若者には、もう成すすべがない。  ──もう駄目か……。  諦めかけた、その時だった。  ヒュッという風の音と共に、目の前に立ちはだかっていた灰色の狼の姿が突然消えて、大きな満月の光が目に飛び込んでくる。  何が起きたのか、最初は分からなかった。  木々のざわめく音、草の擦れ合う音、獣の唸る声に続いて、「クゥーン」と、まるで白旗を上げ許しを請うような鳴き声が聞こえた。  身を起こし、背の高い草をかき分けて顔を出すと、そこには白い狼が若者を庇うように立っていて、その向こうで灰色の狼が、一歩また一歩と後ずさる姿が見えた。  そして、灰色の狼は踵を返すと、さっと暗闇の中へ消え去っていく。  ──助けてくれたのか? この白い狼が?  

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