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第61話

 若者は、その後暗い森の中を彷徨い歩き、空が白んでくる頃に漸く森の出口に辿り着いた。  そこには、帰ってこない若者の身を案じた家族や街の人達が集まっていて、今まさに捜索の為に森の中に入ろうとしているところだった。  若者は、昨夜の出来事を余すことなく全て伝えた。  いや、伝えたつもりだった。  あの荘厳な光景は、思うように言葉にできなくてもどかしい。説明というよりも、感情ばかりが口から出てしまう。  言葉だけでなく、それは態度にも表れていて、大袈裟にな程の身振り手振りで、そばに居る者の肩を掴み、手を握り、一人一人に縋りつくようにして話す。  そこにいた者は皆、そんな若者の興奮ぶりに、ただただ面食らうばかりだった。  全部は伝わらない。それでも、何があったのか、彼が何にそんなに興奮し感動し、何かに畏れを抱いているのかは、なんとなく伝わってくる気がした。  若者の話は、そこに居た者個々の胸の内で、それぞれに解釈された。 『若者は、危ないところを湖畔に棲む白い狼に助けられた』 『白い狼は道に迷った若者を背に乗せて、森の入口まで連れてきてきてくれた』 『その白い狼は、神の化身だった』 『森の奥の湖水地帯は、神の領域だから、もう誰も近づいてはいけない。もし今度人間が近づけば、ノースシストに良くない事が起こると言われた』  本当にあった事も、無かった事も、何かと誇張されて、噂は瞬く間に広まった。  ただ、どの噂にも共通していたのは、あの森は神の化身である白い狼に守られているという事。  人々は森に『ホワイトウルフ』と名前を付け、白い狼を神として崇め、畏れた。  そして神の領域である湖水地帯には、決して足を踏み入れてはいけないと伝えられた。  ────  そこまで話し終えて、マスターはにやりと笑う。 「まぁ、1000年近く前の話だから、言い伝えにもまた色んな尾ひれがついていると思うけどね」  ──その白い狼って……イアンに似ている。と、アンジュは思う。  やはり、アンバーやイアンの祖先になるのだろうか。  ちらりと店内を見渡せば、いつの間にかトイレから出てきていたアンバーは、ボックス席の客に捕まったようで、何やら話し込んでいた。  アンジュは、マスターに視線を戻し、ずっと気になっていた事を思い切って口にする。 「でも……ノースシストでは、狼狩りが盛んに行われていたと聞いた事があるんですけど……」  マスターは、調理の手を完全に止めて、湯気の立つ淹れたての珈琲を、ひと口すする。 「この話には、実は続きがあってね……」

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