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第65話
後ろ髪を引かれながらも、若者達は逃げた。
ぼやぼやしていたら、自分の身が危ないのだ。
背の高い草に隠れながら、音を立てないように低い姿勢でその場から離れていく。
「離れないようにしろよ。この草むらを抜けたら全速力で走るぞ」
一番前を行く若者が、肩越しに振り返り小声で声をかける。
あと数十メートル進めば、この鬱蒼とした草むらから出られるはずだ。
獣道だけど、足下の下草は動物に喰われて短くなって踏み固められている。低木の小枝は折られているので、今よりは動きやすくなるし、視界も広くなる。
ここを出たら走ろう、全速力で。荷物が邪魔なら捨てていけばいい。
そう心に決めて、草むらの出口へ向かう。
その間も、狼の遠吠えがどこからか聞こえてきていた。一頭が鳴けば、あちこちから返す声が聞こえてくる。
その声が、とても不気味に思えて、聞こえる度に若者達は恐怖に震えあがった。
遠い昔に、この森から狼の姿が消えたと伝えられてきたのに。だからこそ、幻の白狼を捜しにきたのに。
いったい今、どれだけの数の狼が、ここに生息しているのだろう。
もう誰も、湖畔に残してきたケニーのことを考える余裕はない。
自分が生きて、無事に森を出ることだけが最優先だった。
漸く草むらから抜け出すと、今度は細い獣道が続く。
「走るぞ」
先頭を行く青年は猟師だから、4人の中では一番森の中は慣れていて、自然にリーダーの役割を引き受ける形になっていた。
彼のいう通りにしていれば間違いなく森の外に出れられるはずだ。
若者達はリーダーを先頭に、前の者に遅れないように、必死に走る。
走っても走っても、頭上の満月が追いかけてきて、高い木々の枝葉の隙間から、逃げる若者達の姿を浮かび上がらせてしまう。
それでも、この道をただひたすら走るしか、他に術は無かった。
獣道の幅は狭く、一人づずしか通れない。だけど視界を奪われて先の見えない草むらの中よりはずっといい。
湖畔の狼が追ってくる気配はしない。
このまま走れば、きっと獣道を抜け、視界が開け、森の外に出られるはずだ。
誰もがそう思った矢先だった。
突然、先頭を走っていたリーダーが立ち止まり、後に続いていた3人は勢い余って、次々と前の者の背中にぶつかってしまう。
「なんだよ……急に止まったら危な……」
先頭の背にぶつかった若者は、リーダーの肩越しに見えた光景に、思わず声を詰まらせた。
緩やかな上り坂のその先に、一頭の狼がいる。
灰色をしたその狼は、若者達の出方を窺っている様子で、身動きもせず、じっと視線だけを送ってくる。
暗闇の中で光る双眸は、まさに野生の獣そのものだ。
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