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第67話

   じりじりと間合いを詰められている感覚と、草葉がガサガサと蠢く音に、若者達の身体は反射的に後ろへ飛び退いた。  だが今度は背後の茂みからも、獣の唸り声が聞こえてくる。 「走れ!」  とにかく逃げるしかない。  銃を持った若者が先頭になって、3人は全速力で走り出した。  全速力と言っても、細い獣道だ。姿勢を低くしなければ、木の枝に顔を打たれるし、地面を這うように伸びた蔦に足を取られる。  そして、月の灯りだけが頼りの、仄暗い視界。 「うわぁあ!」  すぐに、一番後ろを走っている若者が悲鳴を上げる。  先頭の若者が走りながら振り向くと、一頭の狼が、もうすぐそこまで追い上げてきていた。  狼の脚なら、本気を出せばすぐに追いつける距離だ。なのにすぐに襲わないのは、獲物が疲れて動けなくなるのを待っている。  今は、他の狼の姿は見えないけれど、きっと茂みの中に身を隠しながらついてきているはずだ。  狼は、チームプレイで獲物を狩ると聞いたことがある。ここで足を止めたら一気に襲い掛かってくるに違いない。 「ひぃい! 助けてくれ!」 「とにかく走れ! 振り向くな!」  若者達は前だけを見て、必死に走る。  それでも一番後ろの若者は、すぐそこに狼が迫っているという現実に、恐怖で脚が思うように動かない。  疲れと恐怖。そして“もう駄目だ”という諦めの気持ちが、まるで錘をつけられているかのように脚の動きを鈍くした。  ものの数分も経たないうちに、後ろから聞こえる彼の悲鳴が遠ざかっていく。 「お、……おいっ、……助けなくていいのか?」  2番目を走る若者が、苦しげな息の下から止ぎれ止ぎれに聞いてくる。 「な……なぁっ! その銃で、助けてやれよ! 命中しなくても、脅かす事くらいはできるだろ?」 「……もう、弾が無いんだ」 「なら、なんで捨てねぇんだよ、それ!」 「…………」  先頭を走る若者は、その問いにはもう答えなかった。  ちっ……と、背後から舌打ちが聞こえてきても、若者は前を向いたまま黙って走った。  この猟銃は、合計4発しか弾を装填できない。  さっき茂みに向けて撃った弾は3発目だった。だから本当は、あともう一発残っている。  ──だけど……。  走るのを止め、銃を構え神経を集中させ、狙いを定めて撃つ。そんな事をしていたら、今度は自分が茂みにいる狼の恰好の餌食になるだけだ。  それに……残ってる最後の一発は、今ここで使うわけにはいかない。  これを友人の為に使わない後ろめたさは、胸の奥にしまい込み、ぐっと奥歯を噛みしめた。  既に息は上がり、呼吸もままならない。踏み出す足はがくがくと震えて、もう走っているとは言えない状態だった。  横の草葉が激しく揺れ、すぐ側にいる! と感じたその瞬間、大きな黒い影が視界の端に飛び込んだ。  一瞬で緊張が走り、若者の銃を持つ手に力が入る。

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