68 / 78
第68話
「うああっ!」
狼は、後ろの友人に背後から襲い掛かった。うつ伏せに地面に倒れた背中の上に伸し掛かり、鋭い爪が上着を引き裂く。
「たっ、助けて!」
必死に狼の下から這い出ようと藻掻くけれども、狼の前足で肩を押さえつけられて、鋭い牙が首筋を狙う。
「うわあああああっ!」
若者は叫び声を上げながら、今度こそ友人を助けるために銃を構えた。
と、その時、別の茂みからもう一頭の狼が現れて、銃を構えた若者にすごい勢いで飛びかかってくる。
「わぁあああああっ!」
若者は咄嗟に、友人を助けようと構えていた銃口の向きを変えた。
それは自分の命を守る為の、反射的な行動だった。
空気を劈くような銃声が静かな森に響き渡り、枝葉がざわざわと揺れ、若者は撃った反動で後ろに尻餅をつく。
闇雲に撃った弾は、飛びかかってきた狼の腹に至近距離で命中したようだった。
ドサッと音を立て、倒れた狼の身体の下から、滑った液体が流れ出ている。
若者がそっと手を伸ばし、指先でその液体を掬ってみた。確かにこれは血液で、撃たれた狼は致命傷だったのか、ぴくりとも動かない。
「グルルルル……」
しかし、これで終わったわけではなかった。
友人を襲った狼が牙をむき、唸り声を上げて鋭い視線をこちらに向けてくる。明らかに怒っていて、今にも襲い掛かってきそうな迫力だ。
若者は後退りながら弾の入っていない銃を捨て、代わりにポケットから小さなナイフを取り出した。
こんな物で何とかなるはずもない……と、内心は諦めかけていた。
しかし、狼は友人を組み敷いたまま、そこから動こうとはしない。
自分の身体の下に、友人の身体を囲うように閉じ込めて、体重をのせている。
まるでそこは自分の縄張りで、誰にもこの獲物を取られたりしないようにと警戒している。
若者が少しでも近づこうとすれば、牙をむき、瞳を金色に光らせた。
「……助けて……」
狼の下に押さえつけられ、友人の助けを呼ぶ声は、今にも消え入りそうに弱々しく聞こえてくる。
──でも……
このまま彼を置いて逃げれば、自分は助かる。
そんな考えが頭を過る。
若者は、一歩また一歩と後退りながら、走り出すタイミングを見計らっていた。
少し距離をとれば、狼の意識が友人に向く。
今がチャンスだ──と、思った。
「────え?!」
しかし、狼が視線を外したその瞬間、逃げようとした若者の目の前で、信じられない事が起こった。
「な、なんで……?」
さっき倒したばかりの狼が、むくりと起き上がったのだ。
あんなに大量に流していた血は、もう止まっているように見える。
そして琥珀色の瞳が、月の光を浴びて金色に煌めき、逃げようとする若者の姿を捉えた。
ともだちにシェアしよう!