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第71話
「馬鹿な事を言わないでくれ!」
突然横から口を挟んできたのは、ケニーの父親だった。
「君は、私の息子がウェアウルフと……その……深い仲になったと言うのかね?」
彼は街の有力者で、α性のケニーはゆくゆくは後を継ぐ事になっていた。
その将来有望な一人息子が森で行方不明になって、その原因がウェアウルフのヒートにあてられたなんて、考えたくもなかったのだろう。
頭を抱えてよろよろと床に崩れ落ちそうになる彼の身体を、横にいた保安官が支えた。
「しっかりしてください。まだそうと決まったわけではないですし……」
しかし、彼女がウェアウルフでなければ、なぜあんな人間が寄り付かない深い森の奥に居たのだろう。
しかも、季節は春だと言っても、ノースシストの気温はまだまだ低い。夜ともなればジャケットも無しでは寒くていられないはずなのに、彼女は湖で水浴びをしていたのだ。
「あれは……確かに人間じゃなかったです。俺はこの目で見ました。彼女の身体が獣人のそれに変化していく様を! 襲ってきた狼達も、普通じゃなかった」
若者は話しているうちに、昨夜の恐怖が蘇り、身体が小刻みに震え出した。
「あ……あいつらに、みんな、みんな殺されてしまったんだ。お……俺は、狼に襲われている友人を助ける事もしないで、一人で逃げてきてしまった!」
本当は一発だけ残っていた弾を隠して、自分の為だけに使おうとした。
自分のせいで、もしかしたら助かったかもしれない命を見捨ててしまったと、後悔の念に駆られ、涙が次から次へと溢れた。
「そうだ! お前が悪い。どうして私の息子を湖に置き去りにできたんだ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて……」
ケニーの父親も、そして若者も、不安や心配、後悔から、まともに話の出来る状態ではなかった。
落ち着かせようとする保安官の言葉も届かないくらいに。
「どちらにしても、狼は退治しないといけない……」
震える声でそう話す若者に、ケニーの父親は、ふと浮かんだ事を問うてみた。
「もしも……だぞ? 息子達を襲ったのが本当にウェアウルフだとしたら、普段は人間の姿をしているという事か?」
「……たぶん……そうです」
「それなら、街の住人の中にもウェアウルフが紛れているかもしれない……保安官、街の全ての住人の身体を調べる事はできるか?」
「ま、待ってください! そんな事したら大問題になりますよ。あなたのお立場だって危うくなる」
「ならば、どうしろと言うんだ。森の中をいくら探しても、どこにも狼はいないのに……」
──今退治しておかないと、また同じような犠牲者が出るかもしれない。
しかし、森の中をいくら捜索しても若者達の死体も見つからず、狼の姿も見かけなかった。
初めて白い狼を見たと言う、あの伝説の頃から、ノースシストの森から狼の姿は消えてしまったと思われてきたのだ。
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