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第74話

 ──────── 「まぁ、単なる昔話だよ」  アンジュは長くて深い溜め息をひとつ零した。 「この街が怖くなったかい?」 「……いえ、そういうわけでは……」  狼がいなくなった森。そして『ホワイトウルフ』という名前だけが今も残っている。 「あの……狼狩りが行われた時、殺された狼の中に白狼もいたのでしょうか」 「……さあ、どうかな。何頭か見つかったという話もあるし、一頭もいなかったという話もある。まぁ、元々数は少なかったのかもしれないけど……あ、おかわりどうかね」  マスターは、アンジュのカップに珈琲を注ぎながら言葉を続けた。 「まぁ昔の話だからね。どこまで本当なのか分からないよ。その若者達が見たという話も本当かどうか、確かめる事はできないからね」 「じゃあ、もう森には狼はいないんですね? 一頭も?」 「いや……いつ頃からは分からないけど狼はいるよ。猟師が見かけたという報告は数件あるんだ」  ──あ、でも満月の夜じゃないけどね。と、マスターはそう付け足して笑った。 「────何言ってんだ。狼はもういないぜ。最後の生き残りは俺が仕留めたって言っただろ?」  突然後ろから男の声が割って入ってきて、アンジュが驚いて振り向くと、背が高く体格のいい男が立っていた。  見た目は30代くらいに見えるが、丸くクリッとした茶色のつぶらな瞳が、人懐っこく可愛い感じがする。  ──ちょっと熊みたいだな。と、アンジュは内心思った。 「なんだマックスか。いらっしゃい。そう言えばマックスは狼専門のハンターだったな」  ──狼専門?!  その言葉にアンジュは驚いて、マックスの顔をもう一度見上げる。 「なんで……狼専門なんですか?」 「なんで……って、狼は畑を荒らしたり、家畜を襲ったり、悪さばかりするだろう? 農家の人に頼まれて狩っているうちにそう言われるようになっただけで、別に専門じゃないさ」  そう言いながら、マックスはアンジュの隣の席に腰を下ろして、マスターにハンバーガーを注文した。 「もう、何頭か狩ったけど、元々数が少なかったから、もうあの森にはいないはずだよ。安心して森にハイキングにだって行けるぜ」 「……そう……なんだ……」  アンジュは少し複雑な気持ちで息をつき、珈琲を啜る。  すると、突然マックスが顔を寄せてきて、くんくんと鼻を鳴らした。 「お前、なんかいい匂いがするな……。もしかしてΩ?」

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