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第76話
「ところでマスターと何の話をしていたの? アンジュ」
アンバーに訊かれて、アンジュは壁に飾ってある写真を指さした。
「あの森、『ホワイトウルフ』って呼ばれてるんだって。それでどうしてそんな名前が付いたのかって話を教えてもらってたんだ」
「……へえ……」
『ホワイトウルフ』という名前に、アンバーも興味を持ったようだ。
──昔、森の中で迷った狩人が、灰色の狼に襲われそうになったところを、白い狼に助けてもらった。
アンジュは、その事だけをかいつまんで説明した。悲惨な狼狩りの話はアンバーにはなるべく聞かせたくなかったのだ。
それなのに、マックスがまた横から口を挟んでしまう。
「でも、もうあの森には狼はいないさ。残っていた狼も、俺が狩っちまったからな」
膝の上においていたアンバーの手が、ぴくりと反応する。それに気づいたアンジュはそっとその拳の上に自分の手を重ねた。
──怒っちゃ駄目だ。
アンバーは、そんなアンジュに“大丈夫”と視線で伝え、小さく微笑んだ。
「あなたは猟師なんですか? マックス」
マックスの方へ視線を戻したアンバーの声は、とても落ち着いていて、アンジュはホッと胸を撫でおろした。
とんな小さないざこざからでも、アンバーの正体がバレてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。
「俺? いや、狩りは仕事じゃなくて趣味なんだけど、狼が畑を荒らしたり家畜を襲ったり悪さをするからって、農家の人が困ってたからね」
「……そう、なんですか……」
「さっきも言ったけど、今はあの森も安全だよ。景色の綺麗な所もあるから二人でハイキングにでも行ってこいよ」
マックスは、そう言って大きな声で笑う。
「……いや、まったく安全というわけでもないだろ? 最近じゃこの街も物騒になったからね……はいお待たせ、スペシャルハンバーガーセット」
カウンターの中から大きなハンバーガーや、ポテトをのせたトレイを差し出しながら、マスターが話に入ってきた。
「狼はいなくなったけど、森には大きなグリズリーが出たっていう報告があるし、街では若い子が行方不明になる事件が増えてきてね……」
──グリズリー?
アンジュは、思わず隣にいるマックスを見上げてしまった。
「……なんだよ? 俺は熊じゃないぜ?」
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