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第3話

……ズルい。 幼児化したカズは、あの施設での出来事を鮮明には覚えていないようだ。 覚えていないというか、遠い昔の記憶のように、薄ぼんやりとしている……みたいで。 現実味をまるで感じていない。 何も知らない一般市民のように、復興しつつある現実の流れに、ただただ素直に順応しているだけだ。 「……これ、伊江が?」 デスクに乗った幾つかの紙。 そこに描かれているのは、おぐっちゃんに頼まれたゆりかご内部のイラスト。 ……瞬間記憶能力があり画家を目指したほどの画力があるなら、資料の少ないゆりかご内部の様子を伝えられる、と。 ゆりかごは、自衛隊らが化け物ごとぶっ壊し、今は更地となっている。 そして、おぐっちゃんは今や時の人。 元ジャーナリストであるため、書いた本は次々と売れ、マスコミ、メディアと引っ張りだこである。 そんなおぐっちゃんが出した条件。 それは、ナツネと山引の存在自体と、 ナツネが今もゆりかご地下室でクイーンに食われているという事実を伏せる事。 復興中のこの世の中。 被害地域は世界にも及び、物質がなく、店頭に並ぶ商品の物価は否応なしに高い。 ……引き受けたくはなかった。 だけど、生活費を稼ぐ為には、引き受けなくては。 「おぐっちゃんに頼まれたとか?」 「……うん」 「まぁ、おぐっちゃんの画力じゃ無理だよな」 施設の天井裏で長いこと棲み着く間に生まれた孤独。それを埋めるために描いたおぐっちゃんの″裕子さん″は、幼い子が描くレベルの画力だった。 「……もしかして、稼ぐ為に」 「………」 「なぁ、伊江」 カズがベッドに膝をついて乗ってくる。 「……一人にして!」 ケットを頭までかぶり、カズを拒絶する。 今は、優しさなんて欲しくない。 僕に……優しくしないでくれ……

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