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第16話

「伊江」 呼び止められると同時に、先輩に抱き締められる。 「……あんまり抱え込むなよ」 その手にグッと力が籠められる。 そして耳元に先輩の口が近づき、僕だけに聞こえるトーンで囁いた。 「お前がこれ以上苦しみを抱えたまま生きていくっていうなら………」 「………」 「今度こそ、襲って食っちまうからな」 先輩の冗談に、僕は少しだけ破顔する。 カズといい先輩といい…… 僕には必ず誰かがいて、支えられて生きている。 けど…… ……ごめんね ごめんね……ナツネくん…… ナツネくんは、一人なのに…… あの地下室で 今もあの化け物に食われ続けているのに…… 「……いいですよ、別に」 そう答えて先輩を間近に見れば、突然僕の前をわしっと掴まれる。 「わっ!」 「……まーたそんな顔して」 そのままぐにぐにとソコを揉まれれば、恥ずかしくて前に少し屈み、その手を退かそうと先輩の手の甲を掴む。 「次、んな顔してんな事言ったら、本気で襲うからな。覚悟しとけよ!」 手が退かれ、パンッと尻を叩かれた。 「………」 仕事現場である古い家屋。 ワゴン車から消毒液を運び出し、先輩のいる部屋へと運ぶ。 「……悪ぃ、これ庭に出して」 「はい……」 幾つも積み上げた大きなゴミ袋。 その中身は、明らかなゴミだ。 化け物(あいつ)のミイラ化した残骸も含めて。 それらを鬱蒼と茂る庭に放り出すと、再び先輩のいる部屋へと戻る。 この仕事をしているとよく思う事がある。 「……ねぇ、こんな所もう住めないじゃない!」 ここの孫娘だという依頼人が、怪訝そうな顔つきで室内に入ってくる。 口元にハンカチを当てて。 「お爺ちゃんが死んだって聞いて、遺産貰えたのまでは良かったけどォ……」 「……じゃあ、ここ処分する?」 その彼氏なんだろう。 彼女の肩を抱き、宥めている。 「処分するにもお金かかるじゃないっ。 ……何なのよ。私だけ貧乏くじ引いたわ」 ナツネくんが犠牲になってまで守りたかった世界は、こんなんじゃない。 ……だから、 ゆりかご地下室を掘り起こして、ナツネくんを救出したい、と。 あの化け物が同時に出てきても構わない。 みんな、あんまりにも知らなさ過ぎて。 浅はかすぎて。 『捜さないでください』 その日、僕は カズに置き手紙と、当面の生活費を残して 家を出た。

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