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第49話
多々side
夏乃が昔の夏乃に戻って数日が経った。
既に学校へ行くという選択肢は夏乃にはなく、日中から喧嘩に勤しむ日々を送っていた。危ういのは言うまでもない。
夏乃は相手をボロボロになるまで殴る。
それは別にいつもの事。
心配になるのはそんな事ではない。
今の夏乃はどんなに殴られても蹴られても顔を歪めることがない。まるで痛みを感じないかのように。
だから心配になる。痛みを感じない夏乃は自分の限界が来たとしても喧嘩をやめなさそうだから。
繁華街では既に夏乃は化け物扱いだ。
昔より、酷い…。
夏乃はきっと初めて見つけた居場所を失って、裏切られて、訳が分からなくなっているんだ。
いや、本当は分かっているのかも。
認めたくないだけで。
自分が信じていたものが急に無くなって、苦しくて辛くて悲しくて。
そんな感情がぐるぐる腹の奥底を駆け巡って、どこにぶつければいいのかわからない。だから、喧嘩で怒りとして発散する。
そんなことしても意味はないのに…。
「少し、今日は強引にし過ぎたかも。俺、明日には殺されるかな…夏乃に…。」
ははっと笑ってもため息しか出てこない。
全く、生徒会の連中はなんてことをしてくれたんだ。
ふと、胸のポケットに入れていたスマホがぶるぶると震えたのを感じた。
電話か?
『吹雪さん』
その表示を見て慌てて電話に出る。
夏乃より恐ろしい存在からの電話だ。
「はい、野原です。」
『今、夏乃が家から出てった。戻って来る気配がない。今すぐ探してくれ。』
は?さっき夏乃は家に帰ったばっかりだろう…。
「なんでそんなことになってるんですか。吹雪さん、夏乃に何か言いました?」
『言わなければならない事を言ったまでだ。ただ、言うタイミングが少し悪かったかもしれない。』
「吹雪さん…」
『俺は今から抜け出せない会議がある。頼むぞ。』
そのまま電話を切ろうとする吹雪さんを思わず引き止めた。
何を言うか決めていなかったけど、俺は自然と口を開けていた。
「吹雪さんは夏乃の事が好きですよね。なら、吹雪さんが迎えに行くべきなんじゃないんですか?吹雪さんは何を考えてるんですか。」
夏乃が本当に求めていた居場所は、吹雪さんの横で、夏乃の母さんが生きていた頃のようにまた何気ない会話をしたいだけだ。
それは、きっと夏乃の父さんも一緒に…。
『…夏乃には自由でいて欲しい。俺みたいにはなってほしくない。
夏乃は今、成長を遂げるには大事な時期だ。それをあのくそ親父に止めさせるわけには行かない。
だから、今会議を抜けることはできない。夏乃のためだ。』
「それ、夏乃に言わなきゃ誤解されたまんまですよ。」
不器用な兄弟だ。
夏乃は吹雪さんのこと好きだし。
未だに兄さんって呼んでるのも好きの表れだろう。
まぁ、夏乃が歪んだのは憧れていた吹雪さんが父親の言いなりになったせいだろうけど。
相思相愛の兄弟仲が壊れたのはお互いに不器用で自分の思いを素直に伝えられないからだろう。
『夏乃を頼んだぞ。』
気づいたら、電話は切れていて、盛大なため息が俺の口から出て行った。さてと、夏乃はどこにいるんだ。また、喧嘩してなきゃいいけど…。
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