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第52話
俺と兄さん。
沈黙の時が過ぎる。
先に口を開いたのは兄さんだった。
「怪我の調子はどうだ。」
「…普通だよ。」
「そうか…。」
会話が続かない。また沈黙。外から子供の甲高い声が聞こえてくる。俺は意を決して口を開いた。
「兄さん、父さんの言いなりになってたのは俺の為って本当なのか…。」
「…親父は、今の親父は会社を存続させるためだけに生きている。その為には血の繋がった子供だろうがコマ扱いするだろう。俺はいい。元々、夏乃がいなくとも会社を継ぐつもりだった。だが、夏乃は違う。俺はお前に自由に将来を考えて欲しかった。だから親父の言いなりになった。そう、契約を結んだんだ。」
父さんと兄さんの契約…。俺が自由でいる為に兄さんは自分の自由を犠牲にした。はっ、なんだそれ…。なんだよ、それ…。
「じゃあ、なんで生徒会辞めろなんて言ったんだよ。」
「それ…は…、お前が生徒会に入ってからしばらくして体調を崩すようになったのを知っていたからだ。無理するくらいなら、辞めろという意味で…。」
ははっ、俺の勘違いかよ…。
ああ、でも…。
「俺は頼んでねぇよ。俺は兄さんが見殺しになってまで自由になりたい訳じゃねぇ。」
「見殺しになったつもりはない。」
「それでも‼︎父さんの言いなりになってんのは俺のせいなんだろ。ずっと、兄さんを恨んで来た。母さんが死んで壊れた父さんの言いなりになる兄さんが嫌いだった。それも、俺の為だって…。馬鹿じゃねぇか。馬鹿だろ、俺…。」
誰も見てくれないんじゃない。俺がただ、見ようとしなかっただけだ。
「夏乃…、泣くな。お前には笑っていて欲しい。」
「は?」
泣く?
この俺が?
なんだそれ。
白い布団の上には滲んだ涙のあとがポツリポツリと広がっていた。
兄さんの大きな手が頬から伝う涙を拭う。
「すまなかった。俺はお前の為を思ってした事だった。だが、結果的にお前を悲しませた。すまない。…すまない。」
こつりと額と額がぶつかる。そして、兄さんはゆっくりと俺を抱きしめた。ポンポンと頭を撫でられる。
あったけぇ…。
「夏乃、俺は変わるつもりはない。親父を見捨てるのも1つの手だろう。だが、俺にはそれは出来ない。俺はお前の為に犠牲になるわけじゃない。それを覚えておいてほしい。」
兄さんの体温が離れる。急に無くなった体温に寂しく感じた。
「また、こうやって抱きしめていいか?こんな大の男2人が抱き合うのもおかしいだろうか。だが、俺はもうお前に勘違いしてほしくない。」
「…もう勘違いなんてしねぇよ。」
「ダメとは…言わないんだな。」
兄さんの顔を見ると、久々に笑顔を浮かべていた。
太陽みたいな優しい笑顔だ。
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